第335話 昔話
「別に大した出会いじゃないわよ。エミー――エミールを湖の畔で拾って、五年ほど手元においただけよ」
どんぶらこっこと? お祖母さんの名前はエミールか。
「む、河の神に捧げられた子だったと聞いたことがある」
アッシュが言う。
「ええ。普通は川下に流されるところ、川に住む魚の精霊が面白がって川上に連れて来たみたいね」
鮭の遡上か何かか?
「精霊に好かれてはいたけれど、魔法の才能はなくってねぇ。薬草を育てさせたら天下一だったわ、この世のものとは思えないほど苦かったけど」
ハウロンの眉が微妙に寄る。そんなに苦いの!?
「身体強化はできたんで剣や体術を覚えさせて、稼げる知識をつけて、知り合いの薬師の元に送り出したわ。――植物を育てる才はあったけど、他はそこそこだったのに、いつの間にか王子と恋仲になって王の枝を手にいれる旅に出てたのよねぇ。それにノートがついてたってだけよ」
「知ってると思うけど、王の枝へと至る精霊の導きを得るために、精霊の試しを受けることになるわよね? そっちをちょっとだけ手伝ったの。――ちょっと、何で目を逸らしてるのよ」
「いや、何でも」
俺は果樹園にいたカダルに聞いただけだ。
「精霊の導きを得るって? どんなことさせられるんだ?」
レッツェが聞き、またハウロンが話し始める。
「精霊の信頼を得て、精霊の木へと至る道を教えてもらうのよ。させられることは、精霊によって様々ね。眷属の雫を得てこいだとか、魔獣を倒して魔石を得てこいだとか、西の干ばつを解決してこいとか――」
「はい、あちこち行かされましたな」
執事が懐かしげに言う。
王の枝の試練自体は、内容を知っていると枝を得ることはできない。もしかして、それだけでなく経験者が詳しい場所を教えるのもアウトだったりするのか?
「それにしてもレオラ――アッシュがそっくりで驚いたわよ。これで華奢だったら瓜二つね」
「可憐で清廉な印象の方でございました」
執事が懐かしそうに言う。
可憐!? いや、マシュマロを摘んでる姿は可愛いけど、アッシュを可憐に? え、怖い顔はどうなってる? いかん、この話は掘り下げると墓穴を掘りそう。
「ハウロンと、シヴァとの出会いは?」
シヴァの方を向いて聞く。
「この――」
「国から一回、ノートから二回、ハウロン導師にお使いを頼まれて会っただけよ」
ハウロンの言葉を遮り、にっこり微笑んで言うシヴァ。
聞いちゃダメなヤツの気配!
人を倒す現場も見てるし、ディノッソを殺しに来たとか言うのも聞いているんだが、他に一体何を隠したいのか。なんか恥ずかしい系か?
「昔と比べて丸くなったと思ったのに、中身はむしろ苛烈になっている気がするわ……」
「ふふ。夫と子供達のためならば、どこまでも残酷に苛烈になれるのよ?」
ハウロンが呟くのを拾ってシヴァが言う。
「ジーンはどうなの? 勇者召喚に巻き込まれたってことは、勇者たちと同じ世界から来たんでしょう? 会いたい?」
「いいや、全く。早く滅んでくれると嬉しい」
ハウロンの問いに笑顔で答える。
「あら、予想外に辛辣。でもそろそろ
「自立、でございますか」
執事が聞く。
「ええ。王の枝を探しに行く確率が高いのが勇者なんでチェック入れてたんだけど、先日の【転移】の件が気になって、また昨日見たの。勇者に混じってる人形がだいぶ力をつけて――取り込んだ精霊から影響を受けたはずだから、主人殺しをするわよ。もっとも同意がないと主人に手は出せないんだけど、あの様子じゃ遅かれ早かれねぇ」
紅茶のカップを顔の前で、指先で支えてため息をつく。
「アナタの心臓を食べたい、だったか」
レッツェが言う。
「よく知ってるわね。そう、人形は主人が死ぬとカタチを保っていられなくなるけど、主人の心臓を食べれば消えることなく自由になれるの。精霊を食らうことに普通は制限をかけるものなんだけど……。ちょっと覗いたけど、その
「うぇ」
俺の顔で食うのか。そして俺の人形は相変わらずがんがん精霊を食べているようだ。
「一つ聞きてぇんだが、人形にもし本物が会ったらどうなる?」
「食らおうとするでしょうね」
レッツェの問いに短く答えるハウロン。
勇者間で同士討ちして欲しい俺がいる。
「顔も姿も違うから平気だろ」
マシュマロに伸ばした手を止めるアッシュに向かって言う。
「え? もしかしてアレの……? 待って、性格の原型とどめてないじゃない! なにがどうしてこんなポヤポヤになったのよ!?」
「環境。ってポヤポヤって何だポヤポヤって!!」
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