第336話 近づかないけど、確認

「整理すると、勇者のうちの一人の弟なのね? それで人形のモデル。でも姿はこっちの世界に馴染むように変わっている、と」


「そう。でも縁切ってるから全く関係ないぞ」

アレの弟とか言われるのがすごく嫌だ。


「人形のモデルだとよくお分かりに」

「勇者三人の容姿は、喚ばれた時に変わることがあるのは知ってるもの。あとは話の流れ」

執事に手をひらひらさせて答えるハウロン。


「で、人形が本物を食らうってのは?」

レッツェが話を戻す。


「前提として、人形は強くなるほど狂うわ。精霊は食らわれる瞬間、恨みと怒りで黒く染まるものも当然いるのよ。弱い人形なら周囲の精霊に同意を得て、力を分けてもらう程度で維持ができるから平和なんだけど、はまずダメね」

「冒険者が魔物を倒しすぎると狂うのと同じ理由でございますな」

ハウロンの話に相槌を打つ執事。


 黒精霊は普通の属性というか性質というかにプラスして、負の感情、消されかけた時の怒りだとか悲しみだとか恐怖、憎悪がつく。魔物はその黒精霊が動物などに憑いたもの、倒す度に細かい黒いのが散って知らず知らずのうち、近くにいる者――この場合、倒した者に蓄積される。


 神殿で精霊落としをしてもらうとか、ディーンとクリスみたいにきゃっきゃうふふしてリフレッシュすれば消えてしまう。まあ精霊の細かいのと一緒で、消えやすいけど集まるとくっついて育つ。


「顔も姿も違うから平気っていうけど、人形は本物とのズレを修正するものなの。平気どころか逆に我慢ならない大きなズレとして取られる可能性の方が高い。そして、狂気に憑かれた人形なら本物を殺すことで解決するわよ」

ハウロンが俺を見る。


「本物がいなければズレはない、ってことか」

レッツェが少し嫌そうな顔をして言う。


「食らう、と言うのは同化願望でもありますな」

特に表情を変えず、穏やかな笑顔のまま執事。


「そう。まあ、主人が殺されたら、他の二人の勇者が人形を何とかするでしょ。それまで絶対に人形のモデルがアナタだって気づかれないことね」


「そういえば、勇者の人形は勇者によって守られるって聞いたけど?」

「あら、自分のもらう能力を捧げた愛する者の形代よ? しかも、人形自体がどんどん黒精霊を取り込んで、そばにいる人の負の感情を揺すぶって増幅するの。持ち主の執着すごいわよぉ〜」

ああ、守るのは勇者たち、じゃなくって人形の飼い主の勇者ね。


 姉が俺を守るところなんか想像できないもんな。一時姉が人形作ったのかと思ったこともあったけど、神々の話では望んだのは取り巻き妹だったし。何で取り巻き妹が俺の人形作るのか、そっちもわからんけども。


「む……」

もぞもぞするアッシュ。


「ジーンはモテるのね。でもティナのライバルはアッシュだけで十分だわ」

シヴァが肘をついて両手でカップを持ったまま、ちょっとわざとらしいため息をつく。


「モテる?」

「そのジーンの人形作ったのって女の子なんでしょ?」

「そうだけど?」

何だ?


「お前……」

「鈍いのねぇ」

「少し人形使いの勇者殿に同情いたしますな」

呆れたような男性陣。


 無言のままこっちを見るシヴァ。


「え、いや。その勇者って姉の取り巻きで、俺に告白してきて後でイタズラだって笑ってきたヤツ一号だぞ。ないだろ」

シヴァの視線に慌てる俺。冷たい視線ががが!!


「……それは確かにないわね。それに一号ということは、そんな悪趣味なのがさらにいるの?」

いたんですよ、ハウロン老師。姉という性悪が演出してたんですけどね。ハウロンはさすが大賢者、全部言わなくても察する。何故かよく叫ぶけど。


「ないわね」

良かった俺に向けるシヴァの視線が緩んだ。


「真摯に詫びることもせずに、ジーンの人形を……? そのような者にジーンを好きだと言って欲しくはない」

アッシュが久しぶりに怖い顔。ハウロンが引いている!


「ま、大丈夫だとは思うが、この世界にいるのがバレないよう気をつけろよ。バレるといやハウロン、あっちの様子を見てることがバレるってことは?」

レッツェが軽く言って、ハウロンに確認する。


「え! ……ああ、大丈夫よ。感覚を共有して増えるタイプの精霊を何体か送り込んで、手元に残した子から水晶に写してるから。契約精霊だってバレるようなヘマはさせてないわ」

ハウロンよく固まるけど、解凍も早い。特に回答を求めると早い。


「人形の周りは食うために精霊を集めてるせいか、入り放題ね。おそらく他の国の情報収集要員なんでしょうけど、明らかに契約精霊だってわかる精霊も多かったわよ」


 余裕のある国は、城に許可された契約精霊以外が入れないように対処しているらしい。黒精霊が寄り付けないようにするのの応用版、魔石と魔力の消費が半端ないので、財力と人材がある国限定。シュルムは両方ある上、枝もある。


 【縁切】しているから大丈夫だと思うけど、俺の家とカヌムの家、島がどうなってるのか考える。


 まず俺の家は他と契約している精霊は入れないので平気。カヌムの家 ここ は、精霊に他の精霊を近づけないようお願いしてるので、出入りしているのは迎え入れた人に憑いている精霊か、カヌムの家で生まれた精霊、こっちも平気。


 島、島はアウロとキールが何とかしている気がするが、後で確かめよう。


「それにしてもコレがあの嘘くさい笑顔を浮かべた人形のモデルねぇ。覗き見た時に半分は寝室に篭ってるようなアレがねぇ……。喚ばれた時、記憶の改竄かいざんでも起こってるんじゃないの?」

ちょっと上体を引いて、疑うような眼差しで俺を見るハウロン。


 改竄疑惑は俺じゃなくって、光の玉だぞ。――何となく口にしちゃいけない気がするので言わないけど。


 あと、俺が残念みたいな気配なのはなぜだ!

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