第337話 森の家は完成!

 本日は久しぶりに森の聖域。


「リシュ、聖域から出ないように気をつけて」

聖域に【転移】すると、リシュはまろびながら走り出し、あちこち匂いを嗅ぐ。


 あんまり山の中から出ないから、色々目新しいというか鼻に新しい匂いがあるのだろう。


「まあ、家具の位置決めって言われたしな……」

そして手伝いにレッツェ。


 昨日、位置決めは二人の方が断然楽なので手伝いを頼み、カヌムの家で待ち合わせ、【転移】してきた。カヌムでリシュを見て、あ"ーって顔されたけど。


 本当はハウロンを連れて、ダンゴムシに挨拶しに行くつもりだったんだけど、なんかせめて隔日にしてちょうだいと申し渡された。でも、明日はまた地の民のところに行く予定だし、ハウロンを森に連れてゆくのはもうちょっと後になる。


「よろしくお願いします」

「ああ。まあ、ここがどこか考えなけりゃ、やるこたぁ普通だしな。――随分良くなってきたな」

周囲を見回してレッツェが言う。


 植えた木が枝を伸ばし、薔薇が花を咲かせている。まだ枝ぶりは頼りないけど、植えたばかりのアンバランスな印象は減って、風景に溶け込んで来た。


 上着を脱いだレッツェが家の中についてくる。聖域内は春から初夏くらいの陽気なので、いつもの格好だと少々暑い。


「前回来た時と気温が違うな。周りの気候とも違うし、妙な感じだ」

「なんか季節が少しずつずれてきてるみたいなんだ」

リシュが入ってこられるようにドアは開けたまま。


「で、まず何をするんだ?」

「壁に何箇所か棚をつけたいんだ」

「支えときゃいいんだな」

話が早くて助かる。


 分厚くってちょっと歪な板――もちろん壁につける方はまっすぐだけど――に、黒いアイアンの棚受け。


「これ、どこにでもありそうな形だが、どこで手に入れてきたか聞いちゃダメなヤツだな」

「北の大地の地の民さん作」

「バラすな! うう、嫌な金額するんだろうなこれ」

「タダ、タダ」

今頼んでいる家具のついでに、女神の巨木加工から弾かれた若い職人に作ってもらったものだ。


 巨木の小枝をあげたら、ノコギリで切れるか全員で代わる代わるチャレンジして大喜びしていた。作ってもらった家具はちゃんと俺の注文通りだし、ナルアディードで見る製品にも負けていない。


「お前なぁ、北の民の作ってだけで高ぇんだよ。その中で名がある職人の銘なんか入ってた日にゃ、天井知らずだぜ」

そう言いながら手伝ってくれるレッツェ。


 島の塔の家具、丸々コーディネート状態なんだが大丈夫だろうか。なんか傷をつけるなとか、使おうとすると悲鳴が上がる恐れが。


 ……よし、誰の作かは黙ってよう。


 棚の上にまん丸い魔石を置いて、傾きを調べる。


「お前、綺麗な球体のは高いんだぞ?」

「いや、他にまん丸なやつ思いつかなくって」

ビー玉作るのも面倒だし。


「水張った器に、重りつけた糸垂らすなり、棒を立てるなりして、同じ高さに印つけりゃいいんだよ」

「ああ! 水面はまっすぐだもんな」

水平なだけに。


 ピラミッドも水張ってたんだっけ? 日本のお城は掘りの水面が基準だとかなんだとか。


 棚をあちこちにつけて、絨毯を敷いて家具を入れて。


「よし、完了! ありがとう」

森の家完成! 


「おう、どういたしまして」


 そしてそのまま家具を配置したばかりの家で昼。


 スモークサーモンのアボカドロール、紫蘇の実と海苔と胡麻、山葵をちょっと。アスパラの胡麻味噌和え、ナスのおひたし、豆腐、奈良漬の入った小鉢をずらり。タコの吸盤の唐揚げ、出汁の味は難しいだろうかと思いつつ茶碗蒸し。


 リシュには水とお肉。呼ぶとご機嫌に走ってきて、そのまま俺のすねに頭をくっつける。俺もわしわしと揉むようにリシュを撫でる。


 うちの子可愛い。


「仕草は普通の子犬なんだがな……」

レッツェがぼやくように言いながら席につく。


 この机と椅子も北の民の青年部作。無骨で、どっしりと安定感のあるものだが、荒削りに見えて細部まで気を使っているようで、ささくれなどは全くない。角も滑らか。


「口に合わないようならサンドイッチもあるから」

スモークサーモン大丈夫かな? 様子見をしながらジリジリと日本食に慣らそうとする俺だ。


「箸があるってことは、ジーンの暮らしてたところの料理か」

そう言って食べ始める。


「む……。あっという間に箸が上手くなってる」

「お前が練習セットをくれたんだろうが」

そういえば豆と箸をあげた気がする。レッツェ、妙に凝り性なんだよなあ。


「割と好きだぞ、この味」

「それは何より」

いいことです。


「こっちの料理は大抵、一品か二品で後は酒ってのが多いからな。色々食えるのもいい」


 日本にいた時の人との食事は楽しめなかったが、こっちでは楽しい。


「改めて聞くが、ジーンは勇者をどうしたいとかあるのか?」

「特にないな。緩やかに精霊と物質を融和させれば繁栄を、そうでなければ自滅っていうのが神々から聞いた話だし、放置、放置」

アボカドロールを一つ、口に放り込む。


 アボカドはあとで昆布締めにして山葵と醤油でも食おう。冷やして食うとなおよし。


「自分の人形って気持ち悪くねぇ?」

「俺、姉たちの前で普通でいたことないもん」

姉たちの印象で作ったなら、不機嫌そうにしているか、嘘くさく笑ってる顔なんだろうな。


 おそらく、性格も。十八歳のXデーに向けて、ここ数年は如才なく対応してたし。急に不機嫌まで隠すとバレそうだったんで、そこは隠さずいったけど。


「お前がいいならいいか。わざわざ絡みに行くこともねぇ、ハウロンにはちっと釘刺しとく。――これ、ほんのりした味でいいな」

レッツェが茶碗蒸しを掬って言う。どうやら茶碗蒸しもいける様子。


「茶碗蒸しっていうんだ。鶏肉入れたり、エビ入れたりもするぞ」

今日はアサリとカマボコ、椎茸、銀杏を入れて、桜えびをちょっと上に飾った。


 このままいけば、大陸制覇の前にシュルムの体制は瓦解しそうだ。周辺の国はシュルムが手を出す前から、くっついたり離れたりしてるし、瓦解してもあんまり変わらないかもだが。


 俺が食い終えたのを知ったリシュが、足の間にすぼっと体を入れてくる。顔を両手で掴むように撫でて柔らかさを堪能する俺。


「ハウロン、まだ叫ぶ要素いっぱいあるってのに、もうすでに処理にいっぱいいっぱいなんだよなぁ。当面の心配はダンゴムシとの対面か……」

レッツェがこっちを見ながら言う。


 大丈夫、きっとダンゴムシを手のひらに乗せている最中、森の一部を凍らせたシヴァほどじゃない。

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