第196話 お手本探し

 昨夜の夜半、アッシュたちが帰ってきた。門が閉まってしまうので、一般人は入れないんだけどカヌムは冒険者と商人には緩い。


 脇門の通行資格があれば門限はあってないようなものだし、正門しか出入りの許されない外の人間であっても、冒険者は銀ランク以上、連れは銀ランク以上の人数の半分までとか、商人は身分はもちろん持ち込む商品で割り増し料金とか決まりもある。


 緑円がぽわぽわいつもと違う動きをしていたので、着いたのかと聞いたら上下に動いて肯定の動き。


 さすがに夜遅くに訪ねるのもなんなので、代わりにパンを仕込んだ。朝は早めに起きてかまの火を起こし、リシュとの散歩の後、炭の位置を調整してパンを焼く。


 畑からバジルやほうれん草、果樹園からさくらんぼ、鶏から卵。ハムとフレッシュチーズ。壺のパイ生地で閉じたシチュー。季節外れだけど、苺の入ったシュークリーム。


 準備よし!


 そして俺は朝っぱらからディノッソの家の扉を叩く。まあ、パンを届ける時はいつもこの時間だけど。


「おう、おはよう」

「おはよう、ジーン」

「おはよう、これ朝食に。ディノッソ」

シヴァにパンと野菜、卵の入った籠を渡し、顔を見せたディノッソを扉から引っ張り出す。


「どうした?」

「夕べ、アッシュたちが帰ってきた」

「無事戻ったか、よかったな」

「うん。で、再会ってどうしたらいい?」

遠くで物売りの声がかすかに響く、人のいない路地の端っこでディノッソに聞く俺。


「普通でいいだろ、普通で」

「普通ってどう?」

「笑顔で迎えりゃいいだろ。どうした?」

「なんか友達以上、恋人未満な感じで送り出したし」

どんな顔をしていいかわからないし、だいぶ落ち着きません。


「……お前、ヘタレ?」

「俺の人間関係の浅さを侮るな」

友人も含めて、待ってて再会できた試しがない。


 昨日まで普通に再会できるって思ってたはずなのに、なんか再会を具体的に考えていなかったっぽい。そして今、絶賛空回り中。


「とりあえずディノッソは奥さんいるので聞きにきた」

気づいたら俺の周り、独り者が多い。


 カヌムが一攫千金な冒険者とか、行商が多い関係もあって、街自体の独身男率高いけど、既婚者どころか恋人の影がある知り合いがこう、ね?


「俺も改めて聞かれると困るんだが……。俺はシヴァが殺しに来た時に惚れて、その後はずっと押せ押せで行ったんで、お前の場合に当てはまらない。それまで他の女は、適当に喜ばせてたんだが――そっちも当てはまんねぇな」

お前、押せ押せはできねぇだろ? という目を向けてくるディノッソ。


 いや待て。この切羽詰まった時に突っ込み入れたい情報を混ぜてくるのやめろ。なんで奥さんに命狙われてるんだよ! というか、シヴァは元貴族令嬢だって言ってたよな!?


 シヴァは奥さんと呼ばれるのが嬉しいらしく、俺にもそう呼んでちょうだいって嬉しそうに笑ってた。一体どんな過去なんだこの二人。


「とりあえず笑顔でおかえりって言ってやれよ。ほれ、届けるんだろう? ついてってやるから」

ツッコミを入れる前に、文字通り背中を押されてアッシュの家に向かう。


 どこかにお手本、お手本はいませんか?


「ジーン」

自分の家を通って路地に出るとお手本がいた。


 アッシュが顔を合わせた途端、無表情気味だけど、ちょっと嬉しそうな雰囲気で腕を開いてウエルカム。


「逆でお願いします」

差し入れの籠を置いて両手を広げてウエルカム。


「む?」

手を広げたままなアッシュ。


「いや、お前ら、動物の威嚇みたいだからどっちか動け」

ディノッソの呆れたような声。


「そこでポーズ変えずにお互いジリジリ間合いを狭めるのやめろ! 時計回りに回るな!」

こっちは真剣なのにディノッソの注文が多い。


 イマイチ感動の再会にならないまま、裏口から中の執事に声をかけて家でアッシュと朝食。家にまだ寝ている客がいるそうで、執事は不参加。ディノッソも隣に帰った。


 籠はシュークリームだけ抜いて執事に渡した、なので改めて朝食を。


 厚切りの食パンを四角く半分切り抜いて、とろけるチーズ、ベーコン、ほうれん草を詰めて卵を落とす。ごりごりと黒胡椒を挽いて、チーズを再び詰め、切り抜いた部分で蓋。好みでマヨネーズ、炭を調整して弱火で焼く。


「卵の焼き加減どうする? 固め?」

「うむ」


 トマトとモッツァレラ、ルッコラのサラダを用意して、時間差で俺の分のパンを暖炉に入れる。


「旅は大変だったのか?」

ソーセージをフライパンに放り込んで、焦げ目をつける。


「うむ。カヌムの家が快適で、途中宿を取るのが少々苦痛だった」

「ああ、大きな街はともかく、村はなあ」

「晴れていれば、ジーンの寝袋で野営のほうがよかったな」

寝台はあっても藁束だし、それよりなによりノミシラミの巣になっている部屋が普通という恐ろしさ。


 牛乳、ベリーのジャムを落としたヨーグルト、果物にさくらんぼを用意したところでパンもいい具合。


「お待ちどうさま」

「ああ、本当に。ずっと楽しみにしていた」

嬉しそうなアッシュ。


 俺も嬉しい。

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