第197話 洗濯
「夕べ遅かったんじゃないのか?」
「うむ。夜半に着いて、どうしても風呂に入りたくてノートに無理をさせてしまった」
食べた後、ちょっと眠そうなアッシュの前にシュークリームを置く。
アズが嬉しそうに水浴びをし、緑円はぷかぷか浮かび、青雫は水に半分溶けててちょっとぎょっとする。三匹の様子を確かめて、自分のカップにもお替りを注ぐ。
「そういえばノートが客がいるって言ってたな、あまり長居できない? 朝食を一緒にして大丈夫だったか?」
客人を放置して長く家を空けられないだろう。
「客はリリス――ジーンも仕立て屋で会ったことのある女性だ。気のおけない仲であるし、何よりまだ寝ているから心配は無用だ」
リリスは確か、赤毛の騎士服みたいな上着とズボンの女性、俺に困ったことがあったら訪ねてこいと指輪をくれた。
「友達が心配してついてきたのか?」
「うむ。友人だったのだが、今度義母になる」
「ん?」
「父と婚姻を結ぶことになった」
「えーと。アッシュより少し上くらいじゃなかったか?」
「ああ、二つ上だな」
こちらの年齢差婚の多さを忘れてついツッコミを入れたくなる。ついでに貴族なんて生まれた時から許嫁飛び越えて結婚しとることもあるしな……。さすがに育つまで親元だけど、他の人とは結婚できない。なぜならもう結婚してるから、という。
愛とか恋よりも、生活や家の安定が優先される世界。もっというなら生きていることが最優先。ナルアディードとか、勇者のいる国とか、魔物から遠い場所、長く戦争がない場所ではちょっと緩んできてるけど。
「義弟はどうした?」
「アーデルハイドの血は流れておらず、敵対国の息のかかった隣国の出だと判明し、処罰された。我が国のことをよく調べ、入念に準備を行なっていたらしく、入り込んでいたのは一人二人ではない。煽動のために民の中にも相当数がいた」
アッシュの家のあたりさわりのない部分だけ聞かせてもらったら、アーデルハイド家の現当主が戦闘となるとアホみたいに強いらしく、戦争前に排除を目論まれ、アッシュも精霊がついているだけあって、すでに頭角を現していたため、ついでに追い払われたということらしい。
現当主、アッシュより遥かに強いっぽい。なお、仕事中はとても優秀な副官がいるとのこと。
あれか、戦闘になったら綱を付けた当主だけ放しておけばいいみたいな、そんなやつか? ただし殲滅させたいところに限るみたいな?
「む、苺……」
嬉しそうに食べ始めたので、質問をやめて紅茶のおかわりを注ぐ。
話はまた後で、ということで眠そうなアッシュを送って家の外へ。どうやら俺に会うために早起きしたらしい。顔を見て安心したので、これからまた少し眠るそうだ。
リードはクリスのいる借家に滞在しているそうだ。たぶん、昨夜は飲んだだろうからこっちも今日は静かだろう。
「ジーン」
「ん?」
夜にまた会う約束をして、扉に手をかけたところでアッシュが振り返る。ためらいがちに腕を開く。この距離なら間合いはお互い一歩だ。
「おかえり」
「ただいま」
背中を叩く――いや、俺はなんか後頭部をもしゃもしゃされたが――まだちょっと親愛な感じのハグを交わして別れる。
アッシュはまた少し細くなったようだ、そしてちょっと柔らかい。漫画みたいな甘い雰囲気は望めそうにないけど、俺には十分。家に戻って食器を片付ける、ついでにそのまま掃除。
大福用のクッションカバーとかを引っぺがして洗濯用の袋に入れ、一階に持っていって、風呂と台所に水を流して終了。使っていないと配管の水が蒸発して、臭いが上がってくるので、それ防止。
その後は三階で家具作り、とりあえず大きいけれど簡単な構造の棚から。そろそろ木材を買いに行かないと――木材も自分でとってこようかな? 乾燥させないといけないので、すぐに使う分は無理だけど、どうやらこれからも色々作りそうだし。
後で、木材の種類といい木材になる木のある場所を調べよう。石は色々【鑑定】して回ったんだけど、木はまだ少しだけ。ナルアディードのお偉いさんたちの机とかを見て回れたら、高級家具向けの木材は網羅できそうだな。
ソレイユの話によると、家具とか服とかいろんな面でお互い張り合ってるようだ。見栄だけじゃなく、素晴らしいものを手配できる商会だというアピールになっているのだからしょうがない。
島もガラスをふんだんに使った建物が良いアピールになっているそうだ。青い布を作り始めたら、それで旗やら垂れ幕なんかを作って建物のあちこちに飾る計画らしい。
ソレイユには自分の商会は好きにしていいけど、国としての取引は安定第一、短期間のイレギュラーを除いて、取引先が一箇所で一割を超えないようにお願いしてある。
島のことはナルアディードで大分有名になったようだが、俺のことは出ない。ソレイユが代理だと否定しても、彼女が領主だといつの間にかまたすり替わっていたり、そもそも領主という単語は出るけれど、あまり掘り下げてこないらしい。
なぜ建物や商品のことは聞かれるのに、その持ち主や出どころに興味を持たないのか、ソレイユや金銀が不思議がっていた。どうやらここまで派手にやっても俺の埋没能力の方が勝るようだ。安心、安心。
ついでに海と風、高波や渦潮、嵐や雷雨の精霊の名付けをせっせと頑張り、勇者が船に乗って南下した場合、雨の季節には嵐を、晴れの季節には
それも遠く、大空、深海、勇者の目に映らない場所から。毎日でなく、あまり不自然にならない程度に。
お願いしなくても、【縁切】の影響で俺がいる場所には来られないし、俺の情報は入らないはずなんだが、念のため。他にも海賊とかくるかも知れないし、いざという時は波を立てたり、霧を出したりを頼もうと思う。
船旅のことを聞いたら、虫の湧いたビスケットの話とか、おなじみの
とりあえず【収納】持ちが側につかない限り、陸路も海路も日本人三人の長旅はない気がする。
こっちの衛生観念が俺の味方をしている。
庶民は服自体何着も持っておらず着た切り雀、お金持ちは絹やらなにやらお高い服なのはいいけど、硬水で洗うとダメになるから基本洗わないという困った選択。
あ、いかん。考えただけで痒くなってきた。とりあえずディーンたちひっぺがして洗おう。
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