第33話 羽毛

 羽毛です。水鳥です。寒いです。


 やばい、布団の前にダウンコートが必要だこれ。アッシュたちの引っ越し祝いに羽布団でも贈ろうかと思い、再び冬の湖に来ている。これでもかってほど寒い!


 寒ければ寒いほどダウンはきっと上質なはず、などと自分をごまかす。きっと犬や猫が冬毛になるように鳥だって寒い方がもこもこだよね。たぶん。


 弓を構えて狙いを定め、矢を放つ。しゅるしゅると音を立てて細い紐をつないだ矢が湖に浮かぶ水鳥の中の一匹に向かう。実際にはしゅるしゅる音はしていない、なぜなら『サイレンス』をかけているから。


 最初はなかなか当たらないので大変だった。でも半日も経たないうちに当たるようになるんだから【武芸の才能】はすごい。ちゃんと飛ぶようになってもシュルシュル音がするせいで難易度が高かったんだけど。


 矢に紐がついていても軌道のぶれない強弓だが、引くのに不自由はない。【武芸の才能】を身体能力の高さが後押ししている。


 魔法で仕留めるつもりで練習していたのに、湖の上からの回収方法が思いつかなかったので弓に変えた。すぐに回収しないと、血の匂いに狂うのか奴ら共食いであっという間に原型がですね……。さすが魔物。


 いっそ集まってるところに投網を投げた方が楽かもしれない。ただ、どうも警戒してか岸の方には寄って来ず、かなり離れたところに群れている。


 群れてる時は魔物もその前段階の普通の水鳥も仲良く浮かんでるんだけどな。平和な光景からの共食いの勢いはドン引きだ。原因俺だけど。


 細い紐を急いで手繰り寄せながら思い返す。今も血の匂いに引かれたツノの生えた水鳥が俺が仕留めた鳥を追いかけてきている。生えていないのもいるけど、肉眼で確認できないだけでツノなし――外からはコブみたいにぼこっとなってるだけで皮膚を開くと小さなツノがある――の魔物なんだろうなこれ。


 このまま岸まで来てくれたら楽なんだけど、一定距離まで来ると引き返してしまう。まあ、岸近くはもう薄氷が張り始めているし仕方がない。獲物を引き寄せる系の魔法があると楽なんだけどね、もしくは自分が飛べるとか、水の上歩くとか。


 生憎俺がやってたゲームにそういった魔法はなかった。できるのかもしれないけど、一回見るか、やり方を知るかしないと再現が難しい。【全魔法】だと俺の食材鑑定や【全料理】じゃないけど、「引き寄せたい」と思えば、目的にあったこの世界にあるあらゆる本や石版に記録された魔法が知らなくても浮かぶらしい。


 【魔法の才能】もあるし、精霊の後押しもある。ちゃんと学べれば【全魔法】に近くなるんだろけど、まず魔法関係の本に出会うことさえ難しい。


 ――俺の【全料理】、つくり方を書いた調理本が少ないせいで、この世界の料理については「才能」と似たようなことになってるけど。こっちは料理を見る機会が多いので問題ない。作り方を見なくても食べたり完成品見ただけで作れるようになるし「才能」より便利。


 精霊が何匹か、獲物を捕ってきてくれると申し出てくれたけど、断った。普通の動物はともかく、魔物は精霊に触れるので危険だからだ。積極的に食べるものまでいる。


 そういうわけで【転移】で家に帰って暖炉で温まり、湖に戻っては弓矢で水鳥を仕留めを繰り返している。


 水鳥は白色雁と呼ばれる白いがんだ。翼の先の羽根とくちばしだけが黒く、あとは真っ白。――魔物だから目の周りが黒いけど、これは羽根が抜け落ちて、シワがより細かいイボの出た皮膚が黒いのであって羽根じゃないからまあいい。


 頭はその場で落として魔物の餌、凍りそうな冷たい川に突っ込む。鳥は体温が高いので死ぬと残った体温ですぐ血が劣化し始める。なのでなるべく素早く冷やす。できれば血も抜いてしまいたいので流水に入れたいところ。冷やしたまま内臓を抜いて手で洗ったほうがいいのかもしれないけど、寒いから嫌です。狩るよりもこっちの方が大変。


 これをするために湖に川が流れ込む場所で狩をやっている。【収納】に入れてもいいんだけど、この作業を家でやりたくないし温度が低いほうがいい。


 休憩を挟んでも思考能力が落ちてきたところで終了。量としても十分だろう。【収納】に収めて、あとはゆっくりしてから作業をしよう。


 家に戻って風呂を溜める。薪が無限にあることをいいことに、家の暖炉にはずっと火を入れてある。部屋は暖かなのだが芯まで冷え切っていて体を温めるまで時間がかかりそうなので手っ取り早く風呂に入る。


 気づかないうちに水に触っていたらしいローブの端が凍ってるし! 待ちきれず、まだ溜まりきらない風呂に入る。お湯の温かさに手足の先が痛いようなカッと熱くなるような。そしてかゆい。


 急に血行が良くなったせいで、決して水虫ではない。あ、でもシモヤケになるかも。【治癒】があるから平気か。


 風呂で温まり、湯気をあげる鉄鍋をかけた暖炉のそばでくつろぐ。家はいいね! さっきまで暖炉の一番そばで伸びていたリシュが足元で丸まっている。


 コーヒーを飲みつつ本を読む。羽布団を作るために王都に布を買いに行ったついでに新しく購入した本だ。水車について書かれている。


 俺の家の水車は木製の扇風機の羽根みたいなのが横向きについてて、その上に水が落ちると回る仕組みなのだが、建物の横についてるタイプのあの日本の水車みたいなのも存在している。


 糸を柔らかくしたり、縮絨しゅくじゅう、皮の加工にも水車の動力を使う。うちの水車の粉を挽く以外の機構がようやくわかった。


 縮絨は毛織物の仕上げで組織を密にすること。フェルト状のものも作れるので暖かいコートをつくりたい。出来上がった頃には春な気がするので後ででいいけど。


 ついでに水車もパン焼き窯もところによっては領主の所有物で、使用に金が取られる上、家でパン焼いたら罰せられるとか注意が載っててちょっと引く。


 以前狩った白色雁は羽根はクッションに、ダウンは布団になっている。リシュの寝床の籠にも敷いた。


 薬缶とランプ、あとは陶器じゃなくて磁器の食器が欲しいな。革張りのソファとか。手を入れれば居心地がその分よくなるのは楽しいね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る