第32話 むしろこれを普通に

 ちょうど今、前の住人が出ていって家の状態を確認しているところだそうだ。一度内覧はしているようだけど、改めて確認して値段交渉なのかな?


「俺も見に行っていいか? この家は建ったばかりで空っぽだったし、普通の一軒家って見たことなくて」

いろいろ普通の参考にしたい。俺の肩に移って来たアズを指先でなでつつ聞く。


「ああ、どうぞ。家具も何もないが」


 そういうわけでお邪魔することになりました。


 路地の途中に裏口があってそこから入るのかと思ったら、わざわざ正面に。


「これはこれは、いらっしゃいませ」

「お邪魔します」

扉を開けたら気配を感じたのかノートが迎えに出て来た。


「申し訳ございません、なにぶんこのような状態なものでお茶もお出しできません」

「忙しい時にお邪魔して申し訳ございません。お菓子をありがとうございました」


 ノートの先導で家を見せてもらう。一階の窓は中庭に向いた窓を除き、小さくて高いところにある。そしてどうやら少し前までここで馬を飼ったり豚などの家畜を飼ったりしていたらしく、その名残で一階は住居部分には当てられないっぽい。窓が小さいのもそのせいか? 治安の関係?


 大通りに面した家も大抵一階は店舗になってるし、どうやら寝室や居間は二階以上にあるのが普通のようだ。


 横幅が違うけど、作り的にはほぼ一緒かな。俺の借家は左右両方家なので、片側の窓はないけど、一階に井戸のある中庭があって、奥の部屋は台所、二階と三階、地下の貯蔵庫。


 二階への階段は窓のある壁とは反対側で、一階の暖炉が中庭の窓を一つ分潰している。俺の借家は最近建てられたんで一階にも最初から暖炉があったけど、元家畜小屋ということは最初は暖炉がなかったのかな? 煙突というか通気孔を三階まで通すの大変だし、後から中庭に煙だすように付けたっぽい。 


 それに壁に棚がたくさんつけられてる。


「機織りをしてらっしゃったらしく、こちらに紡ぐ前の素材や染色の道具をおいていたようでございます」

「なるほど」

そう聞いて見れば床の一角が染料の汚れか、染みが広がっている。


 というか、俺が棚を見ただけでよく考えてることがわかったな? 執事が侮れない。


「うっ」

だからなんで台所にトイレがあるんだよ! あと腰掛ける石の台に穴が空いてるだけな作りもやめろ! 臭い!!!!!


 下水に流すには合理的配置なのかもしれないけど、受け入れられません。これがこの世界の普通なら歩み寄りは終了します。


「そういえばジーン殿の家はトイレは壁で仕切られていたし、下水も臭っていなかったな」


 台所の排水はS字管のように途中に水を貯めて臭いが上がってこないようにしたし、その排水もトイレ経由で下水に流れるようにつなげた。トイレもストンとそのまま下水に続く穴だったのを改造している。蓋も付けたし、詰まりそうなのは水桶を置いといて、都度ザパーンとやってもらえれば……。


 俺は使わないんだけど、一応友人とかができたらあの借家に呼ぶ予定なので使えるようにはしてあるのだ。


 なお、公爵家は木の箱が椅子みたいになってて、下に引き出しがついてるもの・・だそうだ。引き出しはその都度メイドが下働きを呼んで交換するそうです……。


 奴隷はないものの職の貴賎が分けれてるみたい? 侍女になると水仕事はしないとか色々あるようだ。公爵家の侍女だと行儀見習いの貴族だったりするそうなんで当然なのか?


 使用人のトイレはやっぱり使用人用の台所の隅にあるらしい。アッシュはもちろんのこと、ノートもほぼ行かない場所のようだ。そしてその他は外だそうで……。だだっ広いトイレだね!


「見せていただいても?」

「え? ああ、どうぞ」

こちらが見せてもらっておいて断れない。



「これは……?」

「風呂だ」

木製の盥が使われることが多いし、排水の関係で個人の家で風呂場というのは珍しいのだろう。ホーローのバスタブは珍しいを通り越して他にないはずだし。


「できあがったら使用させていただく約束をした」

アッシュがノートに伝えるとノートの片眉がちょっと上がった。


 あ。


 やばい、女性か! 見た目とすでに数日泊めているのでそっち方面完全に抜けてた。


「できあがったら、執事さんもどうぞ。珍しいだろ?」

他意はありませんから安心してください。


「ありがとうございます。使用人の身分では遠慮するべきなのでしょうけれど、正直興味がございます」

綺麗に一礼されました。危ない危ない。


 で、台所。


「おお。本当に臭いませんな」

「うむ、不思議だ」

トイレを覗いたり、流しに鼻を近づけたり。


 あ、こっちの流しは水を溜める場所が隣り合って二つある。井戸から水を汲む労力がかかるので、片方に水を溜めておいて洗い物をつけておいて洗って、すすぐのは隣みたいな使い方らしい。


「これは引っ越しを日延べしてでも改装したいところです。どちらの工房で頼まれたのでしょうか? 良ければ紹介をお願いしたく」

「俺」

「はい」

期待を込めてノートがこちらを見てくるが、俺だから。


「ノート、ここはジーン殿が自ら手を入れられている」

「なんと! ――こちらの技術はギルドへの登録や公開などは?」

「してない。今からしよう」

この流れで行くと俺があの家の改造を頼まれそうだ。改造は楽しいのだが、使用済みのトイレをいじるのは御免被ごめんこうむる!


 まあ、町が衛生的になるのはいいことだな。飯屋に入ってあの台所を想像すると正直、食欲減退するし。


 こうして俺の特許もどきが増えたのだった。



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