第31話 ご近所さん
借家の一階、せっかくはったタイルだけど一部ひっぺがしてやり直す。
中庭も掘り返して、排水用の石管を台所のやつと繋ぐ。台所のやつも下水の臭いが上がってこないように俺が作り直したやつなんで設置場所はわかってるし、何より時間がかかっても借家の水場は使ってないので問題ない。
タイルを戻してこれで風呂の床は完成。壁はレンガサイズの石積み、狭いんで位置が暖炉と近いし木は怖い。いっそ暖炉との間にオーブン作って風呂の壁に水かけたら蒸し風呂になるようにしようかな? こっち蒸し風呂がメジャーみたいだし。
借家の改造はあまり神々に還元されないけど仕方がない。【生産の才能】は確実に使いまくって腕を上げているので許してもらおう。
羽布団もつくらなくちゃな。羽毛と羽根は洗って家の納屋に広げて乾かしているところだ。肌触りのいい布を買って来て縫わないと。
「ん?」
扉にノックの音。
ここに知り合いいないんだが、誰だろう? 路地の左右の家の人か、商業ギルドの人か。あとはアッシュ?
「忙しいところすまない。こちらを」
アッシュで正解だった。
「どうした?」
手土産を受け取りながらアッシュを招き入れる。あ、作業してたから机と椅子が明後日の方にある。
「ちょっと待ってくれ」
机を戻して椅子を勧めて、台所に茶器を取りに行く。
寒いので暖炉には火が入れてあり、湯も沸いている。自分用に家から持って来た軟水を沸かしたものだが、火にかけっぱなしなのでたっぷりある。
こっち普通は硬水なんだよな。ミネラル豊富でそのまま飲むにはいいけど、料理と風呂には軟水がいいと思います。
「どうぞ、外寒いだろう?」
湯を捨てたカップをアッシュの前においてお茶を注ぐ。
「ありがとう」
「こっちもありがとう、早速いただく」
手土産がお菓子っぽいので紙包みを解く。素朴なタルトみたいなお菓子が現れた。また台所に引っ込んで皿とナイフを持ってくる。
「茶器といい珍しいな」
「ああ。こっちは銀の器が一番なんだっけ?」
「うむ、うちも銀器だったな。軍の遠征時や、多くの民が使うのは木製だな」
タルトは土台が固くてうまく切れなかったが許してもらおう。
「銀も綺麗だけど管理面倒そうだ。なんで流行ってるんだろうな」
壊れないからかな? 皿に取り分けてアッシュに渡す。銀器はすぐ黒ずむイメージがある。
「銀器はまず毒殺の防止、財力の主張、それにマメに手入れを行う優秀な使用人を抱えていることの証明になるのだ」
銀はヒ素とか青酸カリとかで色が変わるんだっけか? すごい、実用と貴族の見栄がないまぜになってる!
あれ、これ毒味しなきゃいけなかったパターン? 公爵子息、じゃない令嬢。まあ今更か。
タルトはどうやら酒と砂糖に漬けたイチジクが入っていて、染み出した汁が生地に染みておいしい。生地をほろほろと崩れるものにしたら、もっと美味しい気がする。後で作ろう。
「この町で食べた菓子で一番美味しい」
「ノートの勧めなのだ」
執事、有能だな。
「それで今日はどうした?」
「引っ越しの挨拶に参った」
「おお、家決まったのか! どこだ?」
「ここの路地の右側だ」
むちゃくちゃ近所だった!
「人が住んでいた気がするんだが、引っ越したのか?」
「娘夫婦と一緒に住むことになったんだそうだ」
すごい偶然だが前々から話があったのかな? 挨拶交わす程度で交流がなかったのでわからない。
「その、すまん」
「なんだ?」
「ノートが見つけて来たのだ。ジーン殿の家を教えた覚えはないのだが――」
ぶっ! 裏工作的なあれがあったんですか!?
「なんでまた?」
「おそらく私がジーン殿と話す時に浮かれていたからかと」
……浮かれていた? どの場面!? 怖い顔が本人に脅す気も悪気もないのはわかるようになったけど、浮かれた顔ってどれ?
「いやまあ、いいけど。賃料高くないか?」
俺が貸家を探す時、同じ通りの空き家の値段を聞いたが月々金貨六枚は固かったような……?
「件の宿よりましではあるし、安全には替えられん。万が一、暗殺者などが差し向けられた場合、宿屋や貸し部屋では迷惑をかけることになる」
「なるほど」
真面目だな〜と思いつつ
「ところで一体何を作っているのだね?」
「風呂」
「風呂?」
アッシュがまた怖い顔になってるが、これはきっと
「風呂桶じゃないぞ? 見た方が早いか」
アッシュを出来たばかりの壁に誘う。
「これは……。風呂なのかね?」
「ああ、まだ壁が乾いてないし扉がついてないけど」
「見たことがない。美しい」
壁以外は触っていいと言ったら、猫足バスタブを撫で始めた。すべすべですよ。
「蒸し風呂もできるようにしようかと思って、暖炉とここの壁の間に石窯オーブンを作ろうかと思ってな」
「風呂に窓も贅沢だが、これはまた……。使ってみたい」
「できあがったら試してみていいぞ」
作ったものはちょっと自慢したいのだ。
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