第30話 警告と認識
「リシュ。破壊の狼、かつて我が主人だったものよ」
朝の散歩の後、お座りを覚えたリシュにお手を教えていたら、ルゥーディルが現れて上記のセリフ。
「何をたくらむ?」
カダルが歩きながら現れ、カツンと床に杖をつく。
「うふふ。前のリシュは近づけなかったけど可愛い。でもちょっと疑っちゃうの、ごめんね」
ふわふわのゆるい金髪を揺らし、可愛らしく肩をすくめるミシュト。
リシュはまだ小さいからか、きちんとしたお座りは長くは持たず、後ろ足が乱れる。
「うん? なんでしょう」
お手がうまくできたご褒美にジャーキーを少々。味なしの干し肉だけど。
「これは力を失う前、大気を震わせ大地を破壊した荒神。自分の欲求を満たし、誰の助言も入れず、前に立つものすべてを噛み殺した」
「アルファ犬だったのか、お前」
リシュの顔を両手で包んでぐりぐりと。
「アルファ……?」
「アルファ――No.1のリーダーです。犬は群れのリーダーに従うものだし、リーダーは群れの中に従わないものがいるのはストレスだ、凶暴にもなる。人の理りの中に入れるなら人がきっちりリーダーになってやらないとお互い不幸です」
肩より上に抱かないとか、食事は人間が先とか。つい一緒にとか、一緒に寝たりとかしたくなるけど我慢。人のルールに沿って暮らすなら、リーダーは人でなければならない。
「リシュは狼よね?」
「リシュは精霊なのだが……」
ミシュトとカダルの声がかぶる。
「狼も一緒です。精霊だと違う?」
リシュをもみくちゃにしながら聞く。ごろんと転がって体を捻るリシュ、なでるのはここか、ここが気持ちいいか。
ルゥーディルがなにか複雑そうだが気にしない。
「姿に性質が引っ張られるものもおれば、そうでないものもおる。記憶ではリシュは言葉を話し、知能も高かったはず。気をつけよ」
カダルはそう言うが、知能の高さと本能は違うからなんとも言えない。とりあえずリシュは可愛い。
「話し始めたら考えます」
リシュの横腹をぽんぽんと軽く叩いて立ち上がる。仔犬の腹はまんまるだ。
「ありがとう、心配して忠告しに来てくれて」
リシュが力を取り戻す前に考えろと、わざわざ来たのはそういうことだろう。
礼を言ったら照れたのかカダルが消えた。
「気をつけてね! あなたは私の大事な人なの」
ミシュトが笑って消える。小悪魔か! まあ、力の供給源という意味だろうけれど。
「気高き孤高の狼……」
ルゥーディルが呟いて消える。
ルゥーディルはちょっと諦めたほうがいいような気がすると、足首にじゃれつくリシュを見て思う。これで演技だったらびっくりだよ、孤高の狼。
さて、食事の用意をしよう。
山型のイギリスパンを【収納】から取り出し、薄切りにしてまだ温かいけどきつね色にトーストする。カリカリにトーストしたら、バターを塗って甘酸っぱいスモモのジャムをたっぷり。
分厚く切ってふわふわなのもいいけど、こっちもいい。半熟の目玉焼きにベーコン、チーズ。生ハムのサラダ、温かいスープ。
最後にコーヒー。ネルドリップにしてるけど、コーヒーオイルが浮かない。不思議に思って【鑑定】したら、こちらのネルがコットン100%で油を吸着してしまうようだ。道理でペーパードリップと変わらない癖のない味がする。
オイルが浮いてないことに気づいて【鑑定】するまで味の違いに気づかなかったのは内緒だ。気分ですよ、気分。
ちらちらと雪の降り始めた窓の外を眺めながらくつろぐ。ここ数日、庭にも花や木を植えてだいぶ風景が変わったはずだが、今は薄っすら雪化粧で庭と山の境界が曖昧になっている。
まだ貰った植物を成長させる粉には余裕があるけど、さすがに雪の積もる庭で作業する気はない。暖かくなったらまた植えよう。
さて、今日はバスタブの引き取りだ。そう言うわけでるんるんで窯元へ。
「こんにちは、できてますか?」
「おう! よく来たな。無事できたぞ」
作業所の扉をくぐって声をかけたら、職人の親方が笑顔で答えてくれた。
ホーローのバスタブは無事できあがって、足に金メッキが施され鎮座している。片方は俺の猫足のやつ、片方は足が貝殻型になってるやつ。
注文してきた貴族に見せるのは貝殻型のバスタブだ。猫足だとあからさますぎるので、水つながりで適当に選んだ足だがなかなかいいかんじだ。
「あとこれ、頼まれてたやつだ」
「おお、ありがとうございます!」
渡されたのは砂糖壺と塩壺。砂糖は乾燥すると固まるので釉薬を塗った壺、塩は反対に湿気ると固まるので風通しのいい素焼きの壺。釉薬は内側に塗ってもらったので、ちょっと色を変えてあるけど見た目はお揃いだ。
親方のおかげで台所用品も充実して来た。
浴室を作るための材料も揃えてある、ちょっと楽しみ。――ってバスタブどうやって持って帰ろうかな? 馬車か? え、遠いというか別な国なんだけど。
とりあえず貴族に見本として出すバスタブを包装するというので、俺のも包装してもらった。配送の馬車を手配したふりして、道の脇に持ち出して待つふりをば。
運んでくれた職人さんたちには心づけを渡して礼を言って戻ってもらった。忙しいからね、俺と一緒に馬車を待つなんてことはないのだ。
【収納】便利だけど大物を街中から持ち帰る時はちょっと面倒。
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