第29話 普通

「こっちはレッツェ。レッツェ、ジーンだ」

ディーンにヒゲを紹介される。


「ジーンです、よろしくお願いします」

「あー、こちらこそよろしく。かたっ苦しいの苦手なんだけど普通でいいか?」

「ええ」

握手して挨拶を交わしたんだけども、なんかレッツェは緊張気味? 不本意そう?


「おい、ディーン。本当に俺でいいのかよ? 女と一部男、他の奴らの視線がいてぇよ。お前でよくねぇ? こんな顔のいい男って聞いてねぇ」

「俺は一回台無しにしてるし、探索に出たとこ勝負なとこある自覚あんだよ。あんたみてえに丁寧じゃねぇの」

「灰色の髪の兄ちゃんといい、なんでこんな綺麗な顔が転がってんだよ」


 なんか小声で言い合ってるのが丸聞こえなんだが。人型の精霊は大体顔が整ってるんだからしょうがないだろう、それの平均だ。


「レッツェさん?」

「わりい、じゃあ行こうか。俺は普通に依頼をこなせばいいんだよな?」

ちょっと呼びかけの声が低くなったかもしれない。


 で、ようやく俺の引っ込めた最初の依頼が叶う。


「まず、メインの目標だな。この季節は毛皮と肉が喜ばれるんで、俺はウサギを狩ってる。熊はでかければ金持ちに高く売れるが、小さいのはそうでもない。労力かけて小さい熊を狩るくらいなら、楽に数を狩れるウサギのほうがいい。んで、掲示板見て肉の値段チェックして安けりゃ毛皮だけ持って帰って数を増やす」


 ここの魔物化したウサギは冬に白い毛になるのがいるそうでそれが高いらしい。強い魔物が高く売れるわけじゃなく、欲しがる人が多いものが高く売れるのだ。そもそもツノありよりもなしの方が肉がおいしいらしく、高く売れてたし。ツノありは肉が固いんだそうだ、毛皮は強い個体のほうが綺麗なんだけど。


「んー。やっぱ熊の討伐報酬は下がってんな」

ああ、すまん。それは俺とアッシュのせいな気がする。


 薬草の買値、森に生えてるキノコなどの値段を調べ出発。町を出る前に水筒をエールで満たし、パンに肉を挟んで葉っぱで巻いたものを購入。水は街中は飲めたもんじゃないので森の川で汲むそうだ。下水から色々染み出してそうだもんなあ。窓から投げ捨てるよりましだけど。


 元の世界でマントやシルクハットが、上から降ってくる汚物避けとして流行ったって知ったときのあの微妙な俺の気持ち。マントへの憧れが一気になくなった幼少時代。


 それは置いといて、森で怪我して動けなくなった場合を想定して、ナッツやチーズなど保存がきくものも持ってゆくそうだ。あとは傷薬や予備のナイフ、雨避け用のマントかローブ。ちゃんとこっちのマントは雨よけや防寒、夜寝るときの布団がわりだ。


 ――雨が降ったら【転移】で帰ったり、食べ物は【収納】に常備しているんだが、これは調味料だけじゃなく保存食も普通のカバンに入れといたほうがいいのか? いざという時の人目対策。


 ちゃんと冒険者ギルドに顔を出すのも、顔をつないでおけばいざという時に助けを得られる可能性が高まるからだそうだ。レッツェ、すごいマメ。


「よく観察して草の倒れ方や別れ方で獲物が進んだ方向を追ってく」

すみません【探索】任せです。


 動物――ここでは魔物だが――の痕跡を読み解いてくのは地味だが格好いい。つい手頃な棒を拾ってテンションあげてる自分が子供に感じる。


 腰に剣はあるんだけど、棒はまた別だ、うん。


 この観察眼で見られたら、俺って行動がかなり怪しい人じゃないだろうか。ディーンの前で色々まずい行動をとったのではないかと思い返す。……ディーンの時は見てる側に回ってたし大丈夫っぽいけど、アッシュの前はアウトだなこれ。


 狼狩りから運搬人との合流までのあれこれを考えて判定を下す。ありがたいことにアッシュは必要性がなければ喋るタイプじゃなさそうだけど。


「ウサギの足跡は後ろ足が揃ってて、前足の跡がバラバラだ。前脚より後ろ足の後の方が大きい」

うっすら積もる雪の上に残る足跡を前にレッツェが説明してくれる。


「これはなんか違うな?」

「直線の上を歩くような足跡を残してくのはキツネだな」


 おお? 


「この足跡じゃ、魔物化してるかどうか判断するのは微妙だけど、ウサギの方はツノありだ。雪に爪跡がついてる。それを獲物として追ってるならキツネもやっぱり魔物化したヤツだろうな」

「キツネを狩るところも見たい」

レッツェは腕のいい猟師――冒険者であるらしく、昼を前に袋は始末されたウサギですでに半分埋まっている。


 普段は獲物を見つけると、荷物を置いて狩るそうだが今回は俺が荷物持ちをしているのでレッツェは身軽だ。


 普通のウサギやキツネならば短弓で狩れるし、そちらの方が簡単だが魔物化したものは矢が通らない。


「逃げずに向かってくるから、楽っちゃ楽だけどな」

「確かに逃げるヤツ追って剣で仕留めるの面倒そうだな」

その点魔物さんは近くでガサガサやってると向こうから寄ってきてくれる。襲ってくるとも言う。ある程度近づかないとダメだけど。


 そんなこんなで、普通の狩りを満喫。うん、俺は絶対ソロで行こう。


 キツネも狩って、解体も無事見学。係りの人との軽口とか、ディーンといいコミュニケーション能力が高いのをちょっと羨ましく眺める。束縛されるのは嫌だけど、姉に邪魔されまくった友達づきあいというのもしてみたい気持ちもある。


「あんたヘンな男だね」

「変?」

酒場でレッツェに一杯奢っている俺。依頼料はディーンが持ってくれてた。すでに金貨草の場所教えてもらってるのに上乗せだ。


「普通はもっと派手な行動の方が喜ぶんじゃないのかねぇ? ちまちましないディーンみたいな豪快なやつ」

それは俺も得意です。むしろディーンより考えてないかもしれない。


「まあ、その細腕だと俺のやり方のほうが合ってるだろうし、無理しないことはいいことだけど。若いのに珍しいなってな」

そう言って木でできたジョッキを傾ける。


 飲まない俺が言うのもなんだけど、穀物が残りまくりのエールはともかく、酒として液体なエールはガラスか陶器で飲んだ方がよくないだろうか? 金属でもいいけど。


 とりあえず細腕発言は曖昧な笑顔でごまかした。おのれ、今日からタンパク質と筋トレか!


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