第34話 収入
アホみたいに金が入ってきた。バスタブと水回りのあれなのだが、まだ手付けのほうが多い段階でなんかすごい。アッシュたちの家は俺が立ち会って指導する、という名目で材料代だけ。その時に商業ギルドの商会員が見学についてきた。
その後しばらくギルドの紹介でと、アッシュたちの家に有力者が送り込んだ見学者が入れ替わり立ち替わりで十数人。最初なかなか引っ越せなくて困ったようだが、商業ギルドとその下の石工ギルドがそれなりの対価を払って丸く収まったようだ。
追っ手があるかもしれない身として、家の間取りが知られるのは大丈夫なのかとちょっと心配したが、そもそもこの通りに並んだ家はほとんど同じ間取りなのでその心配はあまり意味がなかった。
他にもいくつか出来あがってからは、そちらに見学者が移っていったので、ようやく落ち着いてきたようだ。
そんなに臭いが気になってたなら早くなんとかしろよ、と思わんでもない。なんか香水とかごまかす方向に進化したっぽい。金のかからない方法としてはにんにく齧ったり塗りたくったり。
やめて頂きたい。
むしろ冒険者の方が狩りのために臭いを気にしている気がする。まあ、水をかぶっても風邪をひかない丈夫さがあるともいう。
中には毛皮を被って獣臭くなるとか、肉食系の魔物が寄ってくるから! と、風呂に入らんやつもいるらしいけど。
引っ越しが延びたことで、羽布団が余裕で間に合った。
「ようやく引っ越しだな。迷惑をかけた」
「いや、結果的に潤った。宿代を払っても釣がきた」
ベッドやらベッドの足元に置く衣装箱など、大物の家具が届くのを受け取るために待機中のアッシュたち。
「これは予告しておいた引っ越し祝い」
袋をアッシュとノートに渡す。壁にこすって穴をあけたりしたら中身が出てきて大変なので袋に詰めてきた。階段狭いからね。
「布団にしては随分軽いですな?」
「うむ」
「ツノありの白色雁の羽毛で作った」
沈黙。
「最高級品ではないですか!」
執事が珍しく声を強くする。
「白色雁というと、警戒心が強くなかなか狩れないというあの……?」
アッシュには羽毛布団の価値はピンとこなかったようだが、白色雁の知識はあるようだ。
「ああ」
斯く言う俺も分かってなかった。高そうだなーとはおもってたんだけど。
結局十分な羽毛を得るために一週間も通ってしまい、アリバイと実績作りのために冒険者ギルドでツノを、商業ギルドで肉を売ったら驚かれた。
なお、羽根を取るだけなら春の水がぬるむ頃に、移動した雁の巣に残されてるのを取ってくるのがお手軽だそう。ただ、魔物は滅多に
羽毛布団で金貨二百枚越え、城壁内に一般の家なら建つレベル。すごいね!
――お肉もとっても高く売れました。一度に持ち込みすぎたせいで、そんなに保存がきかないのにこの量を誰に売ったら、とか、週に一匹なら足元見られず高く売れたのに! とか聞こえてきたけど。
なんなら羽根枕もつけられる。
もったいないからって全部羽根枕やクッションにした俺もいけないんだが。他国に行って売ってくればよかった。ああ、今からクッション売ればいいのか。よし、売りに行こう。
「引っ越し祝いにしては高価過ぎるようですが……」
「高価なことを知る前に決めて、自分で取りにいったからな。元手は矢と紐代くらいだ」
ローブも一着ダメにしたけど。今さら別なものを贈ろうとは思わない。
「ま、冒険者の特権だな。あとこっちは引っ越しを長引かせたお詫び」
「これは……?」
「なんでしょうか?」
現物を見ても何だかわからない風の二人。
金銭的には得になったというものの、少々迷惑をかけてしまったので迷惑料に新商品の陶器製の便座を持ってきた。
――便座のおかげでまた引っ越しが延びそうになったのはご愛嬌だ。そっちは取り扱ってる国のギルドを教えて終了した。時差でまた金が入ってくる気がする。
磁器はまだだけど、代わりにバスタブ以外のホーロー製品も作ってもらった。
温度差に弱いところがたまに傷だが、熱に強く直火でも平気だし、酸にも強いからジャムを煮るにもいい。
借家の風呂もできあがった。自分で二度ほど入ってみた、一回目はここの井戸の水、二回目は家の水。断然風呂は家から持ってきた軟水です、薪で沸かしたせいか家の風呂より柔らかい湯だった。蛇口をひねればお湯が出る手軽さには勝てないけど。
「ジーン殿の家は別世界のようだな」
「変わっておりますが、嫌ではない――むしろぜひ取り入れたい」
家具や寒さをしのぐための薪は入ったが、まだ料理ができないアッシュたちを夕食に誘った。
料理を運ぶ間、一階は自由に見たり触ったりしていいと告げてある。まあ、二階、三階はそれぞれ鍵をかけてるけど。
一階は暖炉の前に革張りのウィングバックチェアを二脚とダイニングセットを設置。壁に棚をいくつか作って陶器を並べてある。
アッシュが珍しそうに触っているウィングバックは、背もたれに羽が生えたかのような美しいシルエットの椅子というか一人がけのソファ。
元の世界で欲しかったアンティーク型のソファだったりするのだが、暖炉のそばに配置して分かった。この羽みたいなの、火に近すぎて顔の表面だけ熱くなるの避けるための実用品だ。
なお、こっちの世界の椅子はベンチ型が主で背もたれ付きが珍しい。このソファも登録しました。ふふ。
家具職人の手伝いは以前したことがあったので、革細工師の手伝いをして色々学んできた。このソファは普通の牛の皮だが、牛か馬の魔物を見つけてもう一回作りたいところ。
執事はダイニングテーブルや椅子が気になる模様。椅子は何脚も作って、座り心地にこだわったので褒めてもらえると嬉しい。座面は羊毛フェルトを重ねて革張りにしてあるのだが、背もたれの角度と曲線がね! 思わず自慢するぞ、俺は。
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