第35話 食事

「どうぞ」


 ハムとチーズの盛り合わせ、カブのポタージュ。スライスしたパンとバター・オリーブオイル・スモモのジャムを入れた小皿。白色雁のローストと焼き野菜、デザートにイチジクのクランブルタルト。


 全部テーブルに乗せて用意完了。パンとスモモのジャムはともかく、他は一応この周辺で手に入るもので作った。やたら高いくせに家のものより味が落ちるが仕方がない。


 パンはもうアッシュが家の小麦粉で作ったの食べてるから気にしないことにした。


「私が」

白色雁のローストを切り分けようとしたら、執事がその役目を買って出てくれた。


 最初はアッシュだけを送り出そうとした執事を呼んだのは俺で、渋る執事を同じ席に着かせたのはアッシュだ。主人と一緒に食べるのは落ち着かないらしい。


 短く精霊に祈りを捧げていただきます。


「うまい……」

「チーズに蜂蜜ですか、覚えます。カブのスープも絶妙ですな」


 なんかアッシュは最初の一言以降は怖い顔になりながら食べてる。多分嬉しそう? 表情を読む修行が足りないので良くわからないんだが、手が止まっていないので気に入ったのだろう。


 執事は本当に真剣に味わっているというか、同じものを再現する気満々なのか一口食べては難しい顔をしている。


 よかった、こっちで手に入るもので作ってて。危ない、危ない。カブの上の方、なんか紫色してたりおっかなびっくりだったけど。


 白色雁は高いだけあって、美味しい。滲み出た脂をかけながら丸焼きにした。詰め物は数種類のキノコとハーブを炒めたもの。皮はパリッと香ばしく、肉は柔らかくジューシー。


 キノコは秋に山と森で採ったやつをオイルにつけたもの。ディノッソ家でオイル漬けと塩漬け、干したやつの三種類の保存方法を教えて貰った。ここの台所の棚には保存食が並べてある。高いガラス瓶も並んでるのはご愛嬌。


 茹でた栗を干したもの、ナッツ類、干し果物、ピクルス。後で海に行ってイワシを買って、オイルサーディンとかアンチョビも作るかな。


 イチジクのクランブルタルトは丸いホールのまま机の上に。以前もらったものの改良版だ。「クランブル」は、小麦粉、砂糖、冷たいバターを混ぜてそぼろ状にしたもので、焼くとサクサクでほろほろと崩れる。


 今の季節なら材料を冷やし放題なので色々作りたいところ。でもアイスとかは暖炉の火をガンガンにかないと寒い。冷蔵庫欲しいよ、冷蔵庫。あ、冬場に氷を大量に【収納】しとけばいける? 


「嬉しそうだな」

「ああ、料理が美味しいと嬉しい」


 アズが壁のそばの洗面器で水浴びをしている。本来ならばこの小さなテーブルと水差し、そして洗面器は顔や手を洗うためのものだが、ここでは精霊の食事兼水浴び用としておいてある。


 協力してもらってる精霊には、来客がある時は同じ階への立ち入りは遠慮してもらっているので、二階にも同じものが用意してある。なお、火の精霊を代表に水を嫌うものもいるので暖炉にも火が入っている。


 水と火と植物があれば大体網羅できる。そこからさらに暖炉より蝋燭が好きとか水より炭酸水が好きとか、その中でも好みが別れてくみたいだけど。


 さて、タルトはどうかな? 俺がタルトに視線をやった気配を察したのか、執事が切り分けるために立ち上がる。丸いタルトにナイフを入れる――。


「うを!?」

「何!?」


 タルトの上にカラフルな何かがドスンと落ちて来た。赤い色と黄色、そして黒に近い青。


 落ちて来たのは精霊だ。精霊は興味を引いたものによくイタズラをするが、普段は興味のないものは透過し触らない・・・・。ガラスや特定の金属など透過できないものもあるが、大抵のものは通り抜けられるのでそこにあることさえ気にしないのが精霊だ。


 だがたまに興奮している時に意図せず触れたり、力を小爆発させて壊したりする。


 今の状態がそれですね。


「なんだろう? 温度差かなにかかな」

タルトがあった場所に手を伸ばし調べるふりして、がしっと原因である精霊の頭をわしづかむ。


 タルトを乗せて来たのは木製の皿なので問題なかったが、タルトは真上に落ちて来たので潰れて四散している。


 赤と黄色は俺に協力してアズを除く他の精霊を近づけず、家に案内してくれていた精霊だ。見覚えのないこの黒っぽいのが原因だろう。


 ちょっと唖然としている執事と、何か言いたげなアッシュ。


「替えとおしぼりを持ってくる」

ギリギリと精霊の頭を締め上げつつ、笑顔で告げる。


 協力してくれていた精霊よりもこの黒っぽいのは大きい。二人が手乗りサイズで、こっちは人形で頭がちょうど俺の手に半分ほど納まるサイズ。小さいまま大きな力を持つものもいるけど、大体大きさに強さが比例する。


 赤い小さな人形の精霊はローズ、黄色い狐みたいな精霊はコーンだったかな。頑張ってくれてたみたいだし、後で好きなものを用意しよう。


 で、暴れているこいつは漬物の刑です。


 台所でぬか床の円筒形の容器に有無を言わさず突っ込む。こっちでも漬けようと思ってぬか床を分けたものでまだ野菜は何も入っていない。ズボッとしたら一瞬大人しくなったので、そのまま蓋をして紐でぐるぐる巻きに。


 途中でまたガタガタし始めたけど、上に重しを乗せて動かないようにした。容器から出られないのは、ホーロー製だから。ホーローは鋳物きんぞくにガラス質のものを吹き付けてできている。


 手を洗っておしぼりと替えのタルトを用意。


「ああ、ありがとう」

席を外した間に執事が――たぶん、アッシュじゃないだろう――机をきれいにしてくれていた。


 まとめて皿に乗せられた崩れたタルトが物悲しい。


「イチジクはダメになってしまったけど、替わりにウォールナッツの蜂蜜漬けとクランベリーのタルトだ」


 あの精霊、どうしてくれようか。



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