第168話 決定

 いつものように爺さんの船頭で島に向かう。


「海水で洗って掛けとけ。落ちるなよ」

爺さんがソレイユに皮の水筒を放る。


 たぶん中身は酒で、消毒しろってことかな。礼を言って素直に船べりに腰掛けて足を洗うソレイユ。俺はバランスを取るために反対側の船べりに移動してる。


「これ足に巻いとけ」

ポケットから出すと見せかけて【収納】から手ぬぐいを出し、びりっと二つに割いてソレイユに渡す。


 ハンカチのサイズって手拭きとしてポケットに入れとくにはいいけど、色々利用できるのは手ぬぐいだな。


「ありがとう」

街の中は石畳でざっくりいくような傷はつかないけど、ばい菌はこれでもかというほど多い。小さな擦り傷でも感染症にかかる。


 西のほうと中間では胸を出すより、足を出すほうがより恥ずかしいらしいんだけど、ナルアディードやカヌムではそうでもない。でもちょっと両方出過ぎではないでしょうか……?


 ディーンだったら視線が外せなくなってたところだな! 俺は不自然に近づいてくる島を眺めるよ!


「どっちにつける?」

「城塞のほうは邪魔になるかな? 桟橋のほうで」

「おう」

城塞の方の船着場は資材を運ぶ舟が盛んに出入りしている。でかい船が近づけないから、小舟に積み替えて往復するしかないのだ。


 城塞は島の東側の崖にへばりつくように建っている。島で一番高いところなのは、海をくる敵の船を見張るためと上陸されても攻めづらいようにだろう。


 町の跡のある場所と城塞の間には谷があって、石橋を渡って行くような造り。両方打ち捨てられて久しいけど、せっせと手を入れてもらっている。


 城塞都市じゃなくて城塞だから、町とちょっと分離してる感じ。さらに言うなら、今人が住む村は便利な海のそばだし。


 桟橋につくと、海辺で遊んでいた子どもたちが――実際には貝を採ってたりおかずの確保だったりするけど――一定距離まで走り寄って来てこっちを伺う。俺が何かお願いするとお使いに走り出すのが毎度のパターン。


「おう、金色と銀色を下に呼んできてくれるか?」

「はいよ!」

「あとこの人に履物はきもの買って来て」

「おうよ!」

子どもたちに四分銀貨を投げる。


 島の子どもの尊敬は勝ち得ている、概ねお駄賃とお菓子の成果だけど。


 町跡の修復も進んで、金銀がそっちにいることも多くなったのだが、足に怪我がある女性をそこまで歩かせるわけにもいくまい。下というのは海岸近くにある最初に拠点にした納屋のことだ。


「ここは抱き上げて連れて行くとこじゃないのか、若いの」

爺さんにからかわれる。日本人にそういう対応求めないでください。


「あら、解決するなら方法は腕力でも財力でもいいのよ。途中で落とされても困るし」

ちょっとソレイユさん? フォローすると見せかけて非力と貶してないか? なんだったら舟ごと持ち上げるぞ?


 やっぱりディーンとかディノッソくらいの背と筋肉がこう……。牛乳飲んでるんだがちょっとしか伸びてない。


「靴屋でサンダル買って来た! おつり!」

「おつりはみんなで分けとけ」

しばらくして第一陣が帰って来た。


 靴を受け取って飴の袋を渡す。靴売りは建築現場で結構壊れて需要があるもんだから、行商に来てるらしい。なんか気が付いたら炊き出しで露店出してるのもいるし、なんか祭りのテキ屋みたいなノリの身軽な商売人が多い。


 納屋に向かうと、すでに金銀が待っていた。あとなんかメイドがいる。


「これはこれは」

「アウロ、キール。借りを返してもらうわ」

アウロが俺にどういう成り行きなのかと問う視線を向けてくる。


「どういう知り合いなんだ?」  

むしろ俺がまず知りたい。あと後ろのメイドは何だ?


「俺たちが襲撃から逃げ出した後、世話になったのがソレイユの家だ」

「実際様々な手配をしてくださったのはお父上ですが、頼んでくださったのはソレイユです」

銀と金が言う。


 銀と金の家は襲撃を受けて、二人以外は亡くなっている。その時に二人は妖精の道を通って逃げたのだそうだ。で、妖精の道に入るために金は銀から人間の部分を少し奪った。


 襲って来たのは野盗の類ではなく、鎧を着た騎士だったそうで、もうすでにきっちり報復済みだそうだ。人とズレた生きづらさもあるだろうけど、そのために裏の世界に身を置いたと言ってもいいみたい。


「それでどのような成り行きでしょうか?」

「就職希望だって」

金色に聞かれて答える俺。


「商会はどうしたんだ?」

「畳んだわ」

銀色が眉を寄せてソレイユに聞くと、短い答えが返る。


 ソレイユにとって商売って、おそらく自身にとって重要な部分。それを人の商会だってのもあるんだろうけど、きっぱり終わらせることができるのはすごい。


「お前に侍女とかメイドとかできるとは思えないんだが……」

「やってみなければわからないでしょう?」

不審そうな銀色に、ちょっと挑発的に答えるソレイユ。


「あ。役職は領主代理、代官で頼む。そっちの仕事に問題ないなら商品の売買も任せるからよろしく」

「……餌をぶら下げて全部押し付けやがった!」

「素早いですね……」


 金銀が何か言ってるけど気にしない!


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