第169話 メイド

「貴方が領主だったの?」

「そのようです?」

「何故疑問形なのかしら?」

すごく納得いかない気配がするし、俺自身も微妙に違う気がするが、たぶん俺が領主です。


 領主を押し付ける先が決まらないまま、金を払ってサインすることになって俺の名前書いたし。商業ギルドの紋章官に金払って、かぶりがないか調べて作った紋章を登録してもらったし。


「では、この方がお菓子の人……」

お菓子の人。なんかメイドさんが独り言をつぶやいたかと思えば、お菓子が本体の人みたいに言われた。


「失礼、紹介が遅れました。こちらはマールゥ、館が完成ののちメイドで就職希望、完成までは試用期間として支払いは週に菓子一袋でいいそうです」

それは袋のサイズにもよる気がする。いや、チョコとか使ったら菓子袋のほうが正規給与より高くないか?


「マールゥと申します、精一杯努めますのでよろしくお願いいたします」

赤銅色した髪のメイドが頭を下げる。シンプルなドレスに頭に布をたたんだような帽子がメイドの印。


 お仕着せの制服を用意するところも増えてきたみたいだけど、まだそんなに多くない。メイドっていうと俺は黒か濃紺のワンピース、フリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスのイメージが強い。


 というか菓子ってあれか。


「ご想像の通りです」

金を見たら悪びれず肯定してきた。


「俺たちが話したのではないぞ」

「二人が大人しくしている時は大抵裏がありますから。まさか菓子とは思いませんでしたが……、知れて幸運でした。得意なのは掃除です」

苦虫をかみつぶしたような銀色と、満面の笑みのメイド。


 ちょっと嘘くさいへらへらした笑みを浮かべているが、チェンジリングなだけあってよくよく見れば美形だ。わざと目立たぬ装いにしているくさい。笑いといえば金色も嘘くさい笑いだ。


 なんか妖精の特徴なのかね? 人をみくびっている感じ? まあ俺も深く関わるつもりもないんで、能力があればいいんだけど。


「掃除がうまいなら、メイドの守秘義務的な契約か誓約してくれるならいいぞ」


 そう答えたら四人が一瞬黙った。


「……間違っていたらごめんなさい? マールゥはチェンジリングだわよね?」

「ええ、そうです」

ソレイユの言葉に先程までの笑顔を引っ込めてマールゥが答える。


「確認の前に名前を聞いてもいいかしら?」

ソレイユが微笑む。そういえば名乗ってなかった。


「俺もソレイユだ」

「あら。――ではソレイユ様、マールゥがチェンジリングなのには気づいてらっしゃるわよね?」

「うん」


「何故仕事を頼まないのかしら?」

「いや、掃除を頼むつもりだけど」

「はー! なるほど、アウロやキールと同じく汚れ仕事をご希望なんですね!」

ソレイユの質問に答えるとマールゥの笑顔が戻った。


「ああ。汚れ仕事といえば汲み取りと肥溜こえだめどうなってる?」

「汲み取ったばかりは一時的に臭気がきつくなりますが、住人にはおおむね好評のようです。が――」

「俺たちが肥桶こえおけ担いでるような言い方はやめてもらおう。ちゃんと住人に金を払ってやらせている」


「え。汚れ仕事って糞尿の掃除……」

「トイレは掃除してもらうぞ?」

侍女は水仕事とかしないけど、メイドはするよね?


「メイドとして雇うということかしら」

ソレイユが確認してくる。

「メイドなんだろう?」

何を言ってるのか。


「暗殺仕事とか……」

「何で俺がそんな物騒な真似をせにゃならん」

「自然発火を装って建物を燃やすとか……」

「やめろ。今建ててるとこなのに燃えたら困るだろうが」

「人間では味わえないめくるめく快楽は……」

「いらんわ!」


 ギギギギっと音がしそうなほどぎこちなく、金銀の方を向くマールゥ。


「私どもも、館の建築と島を整備するにあたっての仕事しか現在しておりません」

金色が微妙な顔で答える。


 あれか、もしかしてチェンジリングってそういう・・・・用途に使うのが常識なのか?


「やりたいなら商業ギルドの副ギルド長のカツラとってこいとか命令してもいいけど」

いるよね、技術を誇る系の暗殺者とか怪盗とか。物語の中の話だけど。


「うううん、トイレ掃除やります、トイレ掃除」

「トイレだけでも困るけど」

一転、嬉しそうにトイレ掃除に意欲を燃やし始めるマールゥ。


「普通だ、普通だ」

マールゥがちょっと小躍りしそう。


 普通ってことは、暗殺系頼まなかったのがそんなに嬉しいのか? トイレ掃除に喜んでるならちょっと目を逸らすんだけど。


「その、私も一人候補を出してもいいかしら?」

「うん?」

こちらの様子を見ていたソレイユが、探るように尋ねてくる。


「ファラミアという、黒髪の――彼女もチェンジリングなのだけれども」

「メイド?」

「メイドも侍女の仕事も一通り」

「性格悪くなければどうぞ?」


「……」

俺の答えに金色がため息をつく。


「無知なようだから教えといてやる、黒い・・のは人間を憎んだことがある精霊が混じっているぞ」

そして銀色の解説。


 ああ、黒いのか。今、名前をつけた契約精霊は普通のと黒いの半々くらい、黒いのは目があったらとっ捕まえる対象なんだが大丈夫だろうか。


「ファラミアは私も知っております。人間キール側のチェンジリング、一見冷たそうに見えますが人を害するような性格ではございません。ただ、あまり他人は良い目では見ないでしょう」

よかった、精霊の気配は濃くなさそう。反射で女性の頭掴んじゃったら困るしな。


「住人と軋轢あつれきを起こすようなことがなければいいぞ。家畜の世話や畑で住人雇うし、狭い島だからな」

俺は常駐しないし、揉め事はソレイユに丸投げする気満々だし。


「彼女には奥向きにいてもらうわ!」

ソレイユもぱーっと明るく、何だか歌い出しそうなかんじ。


「影狼の関係者だというのに……」

「まさか、持て余して押し付けてきたんじゃ……」

金と銀はなんか微妙な顔でため息をついている。

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