第472話 地道な暮らし(精霊付き)

 果樹園の手入れ。


 花の終わった桃が小さな実をつけている。桃だけじゃなく、梅や梨、葡萄も。葡萄は房を整え、梅は伸ばしたくない枝の芽かきをする。桃と梨は大きくしたいから、同じ枝になる実をいくつかとってしまう。残した実に栄養がたくさん行くように。


 小さな緑色の桃の実がたくさん。見た目は梅だな、もったいないからピクルスにしよう。


 この時期は伸ばしたくない枝の芽を摘んだり、新しく伸びだした葡萄なんかのツルを絡ませたい場所に誘引したり、樹形を整える作業が多い。木じゃないけどスイカもツルの管理したしね、色々伸び始まる時期みたい。


 俺が手入れを始めると、見様見真似で精霊たちが同じことを始める。最初は必要な芽を摘んでしまったり、残したい花に何かをしていきなり大きさが五倍くらいになったりと落ち着かなかったけど、最近は普通にとても助かってる。


 時々悪戯されるけどね!


「久しいの」

「おはよう、カダル」

綺麗な髭が伸びた気がする。


 膝下までするっと綺麗に流れて、真っ白で柔らかそうな髭。ちょっと触ってみたいんだけど、さすがに遠慮している。


「うむ。だいぶ安定したようじゃ」

そう言って、新しく伸びた若枝に手を伸ばすカダル。


 安定っていうのは果樹園ここが? それともカダルが?


「蜜柑の花の香りが甘露よの」

どこからか集まってきた薄い光が濃くなって、ハラルファが姿を現す。


 花の香はハラルファの好物だ。今は蜜柑の白い花が辺りに強い香りを放っている。薔薇もそろそろだ。


 木漏れ日の中にはミシュト、水路の流れを眺めるイシュ。ヴァンとルゥーディル以外の全員が姿を見せた。


 ルゥーディルは日差しの中に出てくるのは稀だからおいといて、ヴァン以外は修行終わったの? あまり変わっていない気がするんだけど。


 まあ、俺も会わない間に成り行きでたくさんというか、エスの神々を名付けてしまったから、精霊的な意味では強くなってるはずだから、違いがわからないだけかもしれない。


「ところでリシュが噛んでいる、あれは……」

カダルが、木陰であむあむと縄を噛んでいるリシュを見る。見るというか、釘付けで目が離せないようだ。


「地の民からもらった縄です」

「……」


 カダルが黙った。


 やっぱり国宝的なものなのか疑惑。地の民たちがあっさりくれたので価値がいまいちわからない。ガラクタ置き場みたいな扱いされてた、あそこはもしかしてやっぱり宝物庫だったんだろうか……。


 地の民って、精霊の力で動く系の道具があまり好きじゃないっぽい。構造は一通り興味を持って調べるし、デザインには興味津々だけど。


 リシュがかじっている綱は素材はすごいけどデザインは普通の綱、というか地の民が作ったにしては粗いんだって。仕組みは精霊が使うともっと長く太く、その分丈夫になるそうだ。


 ――深く考えないことにしよう。リシュが夢中で遊んでるし、今更取り上げられない。


 それにしても、ただでさえ芽吹き始めのこの時期、薄い葉が光を通してとても綺麗なのに、神々の手伝いのおかげで周囲の草木がとても輝いて見える。土もふわふわに見えるし。


 この風景を作ってる一端が俺だと思うとちょっと嬉しくて、果樹の樹形を手入れのし易さより、形にこだわってみたり。上の方は手が届かなくなるけど、効率より取りたいものってあるよね、うん。

 

 畑と果樹園の手入れを終える。広くもないけど狭くもない畑と果樹園の手入れが早く済むのは、確実に精霊と【収納】のおかげ。


 家畜小屋の前で手入れの時に間引いた苗や葉、うっかり収穫時期をすぎてしまった野菜を出すと、鶏と豚がやってきてあっという間に食べる。


 さて俺も昼。


 キャベツどん! レモンよし、タルタルソースよし!


 味は2種類。ニンニク入りとそうじゃないやつ。

 ニンニクの方は、醤油、みりん、酒、昆布、香りのためにナツメグと簡単に。なしの方は、生姜の皮とネギの青いとこで肉の匂い消しをしてから味付け。


 ぐりぐりと揉み込んだ肉を取り出して片栗粉にイン。片栗粉に水分が染みてくる前にさっさと揚げるとカラッとできる。


 唐揚げだけの皿が出現した雑な盛り付け。レモンをぎゅっと、していただきます。衣も含めてどこまでも柔らかいヤツもあるけど、俺はカラッと派。衣が美味しいと思います!


 噛むと肉と皮の間から脂が流れ出て、はふっとなったところを冷えた水で流し込む。


 肉はジューシーですよ! タルタルソースをかけて食べて、合間に春キャベツの千切りを食べる。ニンニク入りはガツンと、もうひとつの方は食べているとほんのり胡麻油が香る。


 醤油があって嬉しい俺。つい、勇者たちの食生活を想像してにやりとする。勇者たちが選んだ能力は戦い前提のモノばかり。強さの先に何を求めてるのか知らないけど、俺は快適なのが一番だと思うぞ。


 リシュと遊びつつ、少し食休して水車の手入れ。水車の中は【収納】で毎回綺麗にしているんで時間はかからない。主に水路の手入れと、歯車なんかの点検。


 米、小麦、大麦、ライ麦、栗、トウモロコシ、大豆。粉挽はやり始めると楽しいけど、ちょっと面倒くさいんで、一回で大量に挽く俺です。


 【収納】でいつでも挽きたてだし。ああ、そうだ、メール人に貰った小麦を倉庫にしまおう。麦は米と違って半年以上、年単位で寝かせるのが普通だ。


 いや、米もタイとかは寝かせるみたいだけど。パエリア用も年単位で寝かせた米だよね、もしかして日本が特殊なの? あ、でも焼きおにぎりは古米のほうが上手くできるかな。


 ゆっくり回る臼の上には、ロートみたいな物があって、その先端から砂時計みたいにパラパラと穀物が落ちてくる仕組み。俺の仕事は時々詰まらないよう様子を見たり、できた粉を袋に落とすくらい。


 それも精霊が面白がって手伝ってくれるんで、特にやることがない。しいて言うなら悪戯の見張りかな?


 溝を突いてみたり、一緒に回ってみたり、臼を舞台に踊ってみたり。二匹が踊ってるところに、上からざばーっと多めの穀物を落としてみたりする精霊。


 臼のかたわら、椅子に座って本を読む。窓があれば綺麗な緑を見ながらできるけど、あいにく俺の水車小屋に窓はない。粉がいっぱいなここで風が吹いたら大惨事だからね!

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