第137話 誓文

「相変わらず食えない方だ」

小さくため息をつく金色。


「あんたのその薄ら笑いが変わるところを見てみたいな」

銀色の眉間にうっすらシワがよる。


「不本意ながら最近は表情豊かでございます」

執事、俺を見るのはやめろ。


「この話はなかったことに……」

日本人的曖昧な微笑みを浮かべて断る俺。


「場所はカヌムここでしょうか?」

「いや、ナルアディード」

「船と商人の街か」

勤務地を確認してくる金色と、俺の答えにちょっと考える銀色。固まる執事、そう言えば働いてもらう場所言ってなかったな。


「仕事内容は家を建てる職人の采配と商品の交渉代行でしたね? 条件は一般的なものでよろしいでしょうか?」

「いや、今の流れで雇用条件を聞いてくるのはおかしいからな?」

にこやかに話を進めようとする金色に言う俺。


 執事に事前に聞いたところによると、用人の給料は日当で小銀貨一枚。正規の執事よりはるかに低めだが、他に三ヶ月ごとのボーナスを出すのが一般的。

 ボーナスお高め設定で、出るまで真面目に勤めてもらうのと、少なくとも三ヶ月はばっくれられないようにするかんじらしい。あと服と住居の提供。


「癖が強い者たちですが、有能です。使いこなそうとすると大変ですが、やるべきことを明示しておけばそちらは達成いたしますので短期雇用は有りかと。――誓文を入れることですし」


 誓文はお互い守ってほしいことがあった方が効果が高いそうで、この二人の場合は別な「お仕事」のことを秘密にしたいということだろう。


 あれ? もしかして執事は拘束きつくするのにわざと誤解させた?


 どうやら執事の気遣いらしいので、契約することにした。三ヶ月後、ナルアディードで落ち合ってから仕事開始。なんか金銀の移動が早い気がするけど気にしない。


 俺はその間に資材と設計図、指示書の用意をする予定。仕事の簡単な契約書、お互いのことを一般的なこと以外は誰にも話さない誓文。 


 誓文用の用紙は裏側に複雑な模様が描かれていて、署名をすると精霊を呼び込む。精霊の強さは誓文を作った人の腕と、署名をした人がどこまでそれを望んでいるかで変わるらしい。


 まあ、署名したらカダルが出てきて消えたんだけども。カダルの司る秩序に誓文も入るのか? なんか俺、二人の副業のこと話せる気がするんだけど? 秩序どこいった? 


 頭の痛そうな執事と固まっている金銀。


「よし、完了だな。三ヶ月後、よろしく頼む」

うっすらこれは詐欺じゃあるまいかと思いつつ顔に出さない俺。


「ば、ばかな。たったこれだけの誓文に……」

わなわなしている銀色。


「森の深緑しんりょくのローブ、白髯はくぜん、芽吹いた杖――まるでカダルのようではないか……!」

本人だと思います。


「ジーン様、そこまで内緒にしたかったのですか……」

遠い目をしている執事。


 いや、そこまで必死でもないんだが。ちょっと知り合いが出てきちゃっただけです。


「よし、完了だな。三ヶ月後、よろしく頼む」

もう一度言ってみる俺。


「ジーン様……」

「それにしてもなかなか二人が正気に戻らない」

困ったように名前を呼ぶ執事をスルーする俺。


「誓文の呪が体を巡っているのでしょう。あれだけのモノが現れれば仕方のないことかと。ええ、仕方のないことかと」

執事の笑顔になんでお前は平気なんだ? という疑問の圧がある気がするが、気のせいだな。


「これは支度金、これはおやつ」

なかなか戻ってこないので、瞳孔を開いて立ちっぱなしの二人に袋を二つ握らせて終了する。


 支度金は服や仮住まいも二人に手配してもらうことにしたから、その代金と移動代だ。


 部屋は密談用なのか、鍵がかかるようになっているのだが、執事が鍵なしで施錠した。閉めるのができるということは開けることもできるってことだな?


 扉を閉める際に、執事が二人に向けた眼差しがなんとも言えないかんじ。鍵は部屋の中の机の上だ。


 酒場の親父にまだ二人が部屋を使用することを伝え、延長料金を多めに支払う。


「ジーン様はナルアディードに旅立たれるのでしょうか?」

「ああ。暇ができたら? 基本はあの二人に任せる感じだな」

シヴァと子たちの希望の剣が上がってきたので、カンカン始めないと。


 打ち上がるころにはクリスやアッシュたちの希望も固まるんじゃないかと思うので、ちょっと忙しい。ディーンはしばらく決まりそうにないが、ディーンと執事とレッツェは空いた時でいいと言ってる。


 炉を冷やしたくないからできれば連日で鍛治作業はしたい。


「安心いたしました。カヌムにいらっしゃるのですね」

「うん。基本はこっちだな」


 カヌムの街の雑踏を歩く。酔客がおだをあげながら肩を組んで歩いていたり、ちょっとこの辺は人も路地もごちゃごちゃしている。


 それに比べて家の近くの通りは静かで、時々誰かが話している声が鎧戸から漏れてくる程度。


「ノート、今日はありがとう」

「いえ、お役に立てたならなによりです」

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