第209話 デコレーション
「ま、勇者がターゲットと決まったわけじゃねぇし」
コミカルな表情を作って明るく言うディノッソ。俺のカタコトになんか勘違いされた気配。
「いや、そっちは別に――」
「ジーン! こんにちは」
どうでもいいと続けようとしたところに、石畳を蹴る軽い音がしてディノッソの後ろからティナが顔を出す。
「ティナ、こんにちは」
「ちょっとかがんで?」
「うん?」
ティナが手を後ろに組んで笑顔で見上げてくる。
「これは私からのおみやげ!」
背中に隠し持っていた花を、耳のあたりに小さな手で刺してくれる。
「ありがとう」
「これからキノコを塩漬けにしたり、オイルに漬けたりするの! 私も手伝うのよ」
「それは美味しくできそうだ」
こんな感じで家庭の味が受け継がれてくのか。シヴァは料理上手だし、ティナも料理上手になりそう。
「男どもはひたすらキノコを洗って、ゴミ取りだ。ま、夕飯食いにこいよ」
「おー、じゃあ後で差し入れ持ってお邪魔する」
手伝いを申し出たいところだが、今日はアッシュと昼だ。
執事とリリスは魔石や魔物素材、薬草、塩漬け肉などを買い付けにあちこち回っていて留守だ。魔の森に面したカヌムのほうが安く手に入るので、個人のお土産というよりは公爵家としての商談らしい。
テオラールの城塞都市のほうと取引していたらしいのだが、交易ルートにかかる一つの小国が戦争に突入しそうな気配だそうで、今のうちに保険をかけておくのだそうだ。
城塞都市とカヌムじゃ規模が違うので、最低限らしいけど。リスク分散は大切だと思います。
さて、夜に差し入れは何持ってこうかな? 毎度だけど酒と甘いものでいいかな、目新しいものを持って行くより期待されてるものを持っていった方がいいだろう。
あとはティナに花のお礼だな。差し入れのケーキにティナだけ生クリームでバラつけとくか。
そろそろアッシュも来るし、飯の用意と一緒に作ってしまおう。そうと決まれば、台所で作業。
ああでも、暑いなここ。朝はそうでもないんだけど、昼間はちょっと生クリームを扱える気温じゃない気が……。
リシュと山の家に戻って再びチャレンジ。こっちの台所はリシュに作った冷え冷えプレートをいくつか設置してある。火も使うし、夏は汗だくになるので台所だけは季節感を無視することにした。
冷蔵庫ないけど、プレートに乗せておけば冷やせるし。こっちの人、腹を壊すことを恐れて、冷たいものを避けるんできんきんに冷えたのは俺用だけど。
リシュの水を汲み換えて、作業を開始。肉をひっくり返すのに一回カヌムに戻ったり予定より慌ただしかったけど、時間までに間に合った。
「いらっしゃい」
「うむ、お邪魔する。これは土産だ――可愛らしい」
アッシュの視線が俺の顔の横……ああ、花か。
「ティナにもらったんだ。お土産ありがとう」
籠を受け取ってアッシュを招き入れる。
「花という選択肢もあるのだな。気が利かなくてすまない」
「いや、薬草は大助かりだぞ?」
花を贈られても困るのでやめてください。
「どうぞ」
アッシュと食事する部屋は二階の城壁側の部屋だったのだが、調理道具が揃った食堂状態の部屋に落ち着いてしまった。おかしいな?
せめて次回から花でも飾るか、と思いながら酒を出して料理を並べる。野菜はせっせと食べさせる方向なので、まずルッコラと生ハムのサラダ。
メインはボンゴレ・ビアンコ、イタリアンパセリの代わりに
「いい匂いだが、リリスに何を食べたのか聞かれそうだ」
「パスタを食べたでいいんじゃないか?」
アサリはともかく、ニンニクはこっちでもばんばん使われているので匂っても平気なはず。保存食に欠かせないものだし。
あと、その辺の人は体臭をごまかすためにニンニク塗ってたりして壮絶な臭いをさせている。――いい匂い判定ではあるらしいんだ、ニンニク。俺は一時期、ニンニク食わなくなったけど。
「この貝は牡蠣とはまた違った旨さだ。いくらでも入りそうで困る」
「肉もあるし、お腹いっぱいにしていってくれ」
フィレステーキ、絶対パスタじゃ足りないと思ったんだ。焦げ色のついた肉をぶ厚めに切り分けると断面は綺麗な暗紅色。
あのメンツで一番食べないのは執事かな? アッシュは運動量がすごいので太る心配はないだろう。室内にいるときはハシビロコウ並に動かないけど。
「ああ、もうプルの時期か。私も森で探すとしよう」
「今日、ディノッソ家で一家総出で採ってきたやつのおすそ分けだ」
ステーキの付け合わせは、貰ったキノコをオリーブオイルで炒め塩胡椒にパセリを少々。
アッシュはワイン、俺はレモンを入れた炭酸水で食事を楽しみつつ、よもやま話に花を咲かせる。
「薔薇?」
「ああ、ティナの花のお返しにやってみた。夕食に呼ばれてるから同じものを手土産にしようと思って」
本日のデザートはブラックベリーのクリームチーズケーキ。焼いたんで外側はきつね色だけど、断面は可愛らしいピンク色。
上に粉砂糖を振って、ブラックベリーのジュレを一部に塗り、果汁で色をつけたピンク色の生クリームで薔薇を作った。無事薔薇に見えてよかった、よかった。
「む、それは私が先に口にするわけにはいかぬ」
「え」
甘いものに目がないアッシュが手を引っ込めた!
爽やかで甘酸っぱいチーズケーキ。なかなか上手くできたと思ったら思わぬ展開。俺のいた国ではありがちなデコレーションだと説明してもダメだったので、薔薇の上にベリーをずぼっと乗せて、解決した。
そして俺の髪は三つ編みにされた。
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