第292話 使用人がほのかに黒い
「そういえば、『精霊の枝』が安置されてる部屋は鍵が掛かってたはずだが、どのタイミングで気づいたんだ?」
「満月の晩の見回りの者から、部屋の中がさわ……、何かの気配があるという報告がございましたので、翌日には扉を開けて確認いたしました」
アウロ、今騒がしいって言おうとしたろう?
うちの精霊の枝って、もしかして満月の晩にパーティーを開いてる? やばい、脳内でハニワが踊り出した。
「神官が来たのは?」
「噂を流しました。外部にではなく、内部にですが。精霊が集い始めているのは分かっておりましたので、自然に噂になる前に少し実験させて頂きました」
アウロが笑顔で会釈する。
噂の流れ方をチェックしたのか。管理社会っぽくって怖い、怖いよ!!! どこに向かってるのうちの島!
「……ほどほどにな」
寄って来た山羊に袖をかじられながらアウロに釘を刺す俺。
「はい」
了承してくれたのはいいけど、さっきよりいい笑顔で若干嬉しそうなのは何故だ。
「他に私が聞いておくことはございますでしょうか?」
「んー。まず設置した精霊の枝には、黒精霊を払う効果はない。ナルアディードの枝の効果範囲に近いし、精霊が増えれば黒精霊も近づけないだろうけど、一応伝えとく」
「承知しました」
「枝を維持するために何かやらなくてはならないってことはない――いや、清潔を心がけることが条件なので、周知を頼む」
毎日水浴びする、もしくは定期的に風呂、せめて三日に一度の着替え、ゴミはゴミ箱へとかの強制力に利用しよう。
「はい。何を心がけてよいか分からない者もおりますので、定期的に具体的な行動規範を広場に掲示して、公示人に読み上げさせましょう」
文盲率も高いので、張り出したり配布するだけではダメなのだ。
公示人は法令などが公布されたら、告知をする職業。国からのお知らせを触れて回るので、町の中で信頼を得ている人が担う。広い町では辻々で声を張り上げるのだが、島は小さいので四、五箇所で読み上げるだけだ。
でもできたばかりの国で、お知らせがマメにあるので今はなかなか大変。学校というか、寺子屋というか、年齢を問わず読み書き算盤を教える場所も設定したので、そのうち識字率も上がるはずなので、頑張ってほしい。
「神官たちはおとなしく帰ると思うか?」
「おとなしく引かざるを得ないでしょう。ただ、神殿の地位を捨てて残りたいと言いだす可能性はございます」
上の方の神官ならともかく、こんな島くんだりまで派遣される下っ端なら、本物に傅くほうがいいよな。
「面倒そうだな」
「枝と相性の良い者を『精霊の枝』に据えるのが普通ですが、枝がどういった方向性の物か判別がつきかねます」
方向性を聞かれると辛いんですが。
王の枝ならともかく、精霊の枝に普通は性格とか方向性はない。ただそこにあるだけ。アウロの言う方向性とは、本来なら集まってくる精霊の属性は? という意味だ。
でもうちの枝、特に精霊の指定はないんだよな……。カーンの枝には何かあるんだろうか? 上書きされてしまって来るもの拒まずな気しかしない。そしてなんか形状のせいで、性格形成ができてる気がするんだが。騒がしいとか言われてるし。三本のうちの一本が自己主張が激しい気がしてしょうがない。
「枝の暴走を止められる人、かな」
「暴走は王の枝への誓いを違えた時起るものでは?」
珍しく怪訝そうな顔のアウロ。
「勝手にパーティー開いたりとかそっち方面の。部屋の中でとどめておくならともかく、夜な夜な畑を荒らしたりされたら困る――ああ、すまん。精霊の枝は普通は動かないよな?」
ちょっと想像が暴走しました。
「監視者の選定をいたしましょう。よしんば多少の奇行があっても住人の恐怖や、粗略な扱いにつながらぬよう操作できる人間ですね」
また操作とか言ってるよ、このアウロは!
俺の前だけならいいけど、人前ではもう少し言い方を丸めろと言おうとして、思いとどまる。契約前は笑顔で拒絶、契約後は胡散臭かったけど、物腰は柔らかで、ここまでダイレクトに人を駒っぽく表す物言いはしなかった。
どうやらチェンジリングというものは、人間社会で扱いが悪いっぽいことは理解した。アウロやキールたち自身が、人間から駒として扱われたことがありそうだ。だからまあ、攻撃的でないの前提だけど大多数と無理に仲良くする必要はないし、本人が使い分けてるならそれでいい。
「ところで時々、精霊の枝の部屋の前に大きな葉が落ちております」
「うん?」
「楽器の絵が描かれているのですが、用意したほうがよろしいでしょうか?」
ハニワアアアアアアアアアア!!!!!!!
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