第291話 とりこみ中

 青い空青い海。

 どんよりとした城塞都市から島への【転移】。城塞都市は冬が近づいて、雲の多い日が続いていたので、解放感でいっぱい。島は夏は暑くて、冬も温暖なのだ。


 塔からの眺めは見晴らしがいいしね。部屋でゴロゴロしたいところだけど、籠に入れた鶏を抱えているのでそうもいかない。城塞都市を回った時、なかなかいい面構えの鶏だったので、ちょっと寄って雄1羽、雌2羽を買ってきた。家畜小屋に混ぜておこう。


 塔から外に出たら子供と目が合った。


 立ち上がって、本館の方を向いてばっとハンカチを広げる子供。なんだなんだ?


「我が君」

「アウロ、何かあったのか?」

どこかやりきった顔をして、ハンカチを広げで仁王立ちしている子供を見ながら聞く。あれ、格好は綺麗になっているけど、遊んだことがある漁師の子だな。


 アウロに急にどこからか現れて話しかけられたけど、ルゥーディルや精霊で慣れているのでスルー。


「あの子供にはソレイユ様が頼んでいたのですよ。すぐにキールが迎えに来るでしょう――この島に今、二つの神殿から遣わされた神官が来ております」

キールが迎えにって、アウロは迎えじゃないのか? ソレイユに様が付いてるのは、外部の人間が入る様になったからかな?


「面倒ごとか?」

面倒ごとは全部ソレイユさんにお任せしたい。


「こちらに置かれた『精霊の枝』について、正式に神殿に言祝ぎを依頼しろということでしょう。この周辺では、タリア半島にある海の神と商業の神を信奉する神殿同士が勢力争いをしておりますから」

勝手に『精霊の枝』置くんじゃねぇよってことかな?


「マリナじゃないんだ?」

「あちらは本物ですので」

そういえば志を同じくして、がんばってないと枝に影響するんだった。やっぱり争ってるのは人間ってことだな。


「『精霊の枝』や執務室に近づくと巻き込まれますので、お伝えしに来ました」

「ありがとう。大丈夫そうか?」

「さて。どちらを選んでも面倒ではありますが、どこか選ばねばならないのは枝が偽物であった場合。言祝ぎがなければ、それこそただの作り物扱いでしょうから」

アウロは俺の設置した枝をちゃんと本物だと認識している気配。よくアレを本物認定できたな? 設置しといてなんだが、アウロの感性が心配になる。


「貴様、このタイミングで来たか!」

キールが早足で寄って来た。


「あー、はいはい。家畜小屋に引っ込んでるから気にするな」

「む、アウロから聞いたか。――それにしても何故よりによってあんな馬鹿げた格好のものを設置した? せめて黒白の枝がなければ仮置きだと言い抜けて時間が稼げたものを……。おまけに住人が夜中に動くとか言い出す始末」

言いたいことを早口に告げて戻ってゆくキール。


 来たことに意味がないぞ、意味が。


 橋を渡って家畜小屋に向かう。ついてくるアウロ。神官はいいのか、神官は。まあ、本物なら、神殿の付け入る隙もなくなんの問題もないんだろうけど。


 本館と塔のある東の端は独立した切り立った岩で、そこに主要最低限な機能を置いて、そのほかは橋を渡った先にある。橋を渡った先も城壁に囲まれており、ここも含めて城内だ。


 城壁は上を歩けるような構造で、中には広場の方を向いて様々な施設がある。その中の一つが、家畜小屋だ。

 

「お? 思ったより少ない」

「飼料を取り寄せて飼育していますが、運動に連れ出すとその辺りの緑を食べてしまうそうです。木々が育つまでは数は抑えて調整するとのことです」


 こっちでは狭い場所に閉じ込めて飼う方法と、広い場所に放して自分で餌をとらせる方法がある。中にはカヌムみたいに下水に豚を解き放ったりね……。


 家畜小屋の入り口にくっついた柵の中で豚が寝転んでいる。隣の柵には山羊、鶏は柵の外でのんびり地面をつついている。牛は家畜番に散歩に連れ出されているようだ。


 抱えていた籠を下ろして、鶏たちを解き放つ。ナルアディード周辺の鶏とは違って、どちらかというと軍鶏っぽい印象を受ける鶏で出汁がよく出て美味い。いっぱい増えて欲しいところ。


 今のところ城下では鶏やアヒルなどの家禽以外、家畜の飼育を制限している。肉はナルアディードで買い付けているそうだ。島の土地は限られるし、まだ緑化の途中なので仕方がない。


 家畜小屋の前で、島の話をアウロから聞く。畑は黒い土効果で順調、土を撒いた島の各所も今までとは比べものにならないほど、根付きが良く草も生え順調だそうだ。


 今城下に定住を許したのは、もともとの住民と住民の生活に必須――といいつつ今までは自分たちでやるか、ナルアディードまで行って済ませていたようだが――な職人。次に島の産業にする染色職人や農夫。


 観光者を受け入れる宿屋、生活に直結するパン屋、風呂屋の亭主とかがチェンジリングで揃えられてるのが不穏な感じなんですが、俺のせいじゃないです。アウロが「私の子飼いの者も増やしました」とか笑顔で報告してくるんですが、俺のせいじゃないです。


 ……どこに向かってるのこの島? 「人間の子飼いもいますので安心してください」とか言われて、何をどう安心しろというのか。


「本物……っ! 本物だと……っ!」

「あれが……あれが! 三本共なんて信じられない……」


 町を見て回ろうとしたら、城門から身なりはいいがちょっと錯乱した感じの男女。後ろからついてくるファラミアと護衛っぽい二人。


「ようやく本物だと理解したようですね。部屋で駆け引きなどせずに、現場に最初に行けばよかったものを」

アウロが笑顔だけれど、無能をなじるかんじのこう――あれが噂の神官だろうか。


「上席の神官は応接室におります。あの二人はそれぞれの子のようで、あわよくば金を引き出してこの島に神官として置きたかったようですが」


 アウロが教えてくれたが、俺の思考を読むのやめてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る