第187話 怪しい従業員一同

 夜はリシュに構いながらタンクトップとシャツ作り。Tシャツはあんまりかと思って少しこっち風に。


 昼間は島で魔法陣描き。空井戸の底、岩盤に取り付ける本体は後で家で作る、今は水を上に汲み上げるための陣を井戸の中に描いている。


 面倒な作業なのはわかっていたけど、昨日遊んだから真面目にやろう。そういえば地図は、なんとなくだけど契約した精霊の知ってる場所が増えたんじゃないかとあたりをつけた。あとで検証しよう。


 勢いを得るために、四方向に同じ陣を描く。水を10mくらいまで上げることが可能な陣なんだけど、もっと高さがあるので途中の二箇所にも描く。三つを四箇所だから十二個。それらを連動させるところどころに呪文が書かれた特別な線。


 大気の精霊と水圧の関係が云々うんぬん。水の精霊が通りたくなるような道を作る。


 井戸の底に切れる度に魔石を取り付けに行くのは面倒だし、ついでなので魔石からの力を陣本体に送る陣も頑張って描いている。井戸の上に滑車を組んでブランコみたいに綱の先に板を渡したものを垂らしてひたすら作業。


 暑い。冬にやればよかったと思いながら、がりがりと積み上げられた石に幾何学模様を彫ってゆく。マンゴーを植えるのはこの島の方がいいな、冬もあったかいし。


 それにしてもガラスは断熱効果が高すぎて、温室計画が頓挫したのがこう……。ああでも、植物が育つための太陽光は届くわけだから、温度は冷却プレートの逆で暖かくなるやつ置けばいいのか。


「主、おられますか?」

「おう」

アウロの呼ぶ声に綱を巻き取って上に上がる。汗だくだ。


「何をやってるのか知らんが、酷い有様だな」

菓子で釣られる男が何か言っている。


「……就職希望者の面接をお願いします」


 ……。忘れてました。


「すぐ行くから先に行って待っててくれ」

「はい」


 がりがりやってたらすでに昼も過ぎてそんな時間か! 急いで【転移】して服を脱ぎ水をかぶる。乱暴に体と頭を拭いて新しい服に着替えて戻る。塔を駆け下りて、ソレイユの執務室へ。二人は余裕をもって声をかけてくれたみたいなので、遅刻はしないで済みそう。


 執務室は早速ヴァンの強化ガラスを使ったらしく、大きなガラス窓が正面にある。北側にあるので差し込む光は眩しくはないが、素晴らしく明るい海の見える部屋だ。応接室も兼ねている。


「待たせた」

金銀とソレイユ、マールゥ、が軽い黙礼をして迎えてくれる。なんだ? 俺が領主っぽいぞ?


 他に見たことのない六人。こちらは深く頭を下げている。たぶん一人はソレイユの推しだ。ファラミアだったか、黒髪の背が高めな女性が彼女の隣に控えている。


 アップにしてひっつめた黒髪、黒目眼鏡装備。メイド服作ろう、メイド服。黒タイツ履いて欲しいがここじゃ暑いか。いや、その前にこっちはタイツないや。絹の靴下ならあるけど。


「待たせた、領主のソレイユだ。とりあえず顔を見せてくれ。名前と何をしたいのかを聞こうか」


「こちら、ファラミアです。ファラミア」

ソレイユがファラミアを紹介して、挨拶するよう促す。


「ファラミアです。この度はソレイユの紹介でまかりこしました」

「ソレイユ――俺ではなく、こっちのソレイユの侍女でよかったんだったかな?」

「はい、そうしていただければ――」

ずっと目を伏せているのが気になるけど、使用人って本来はこうだろうか。横を見たら他の五人も視線上げてない。金銀とマールゥがおかしいのかコレ。


「ではやることは基本ソレイユに任せる。よろしく」

「よろしくお願いいたします」

一人従業員を確保。


「カインです」

「アベルです」


 おい、聖書にある最初の殺人事件の兄弟が混じってるぞ!? 


 カインと名乗った方はがっしりして、くすんだ金髪を後ろに撫で付けている。アベルのほうはウェーブのかかった輝く金髪で線は細めの優男。まったく違うタイプの美形。


 全然似てないけど兄弟じゃないよな? 大丈夫ですか? ここが惨劇の場になったりしない?


「カインとアベルには私どもの補佐を」

「ああ。よろしく頼む」

俺が面接するのは基本チェンジリング、やたら顔面偏差値が高い面接である。


「テオフと申します。魔石師です」

肩甲骨を越すストレートの白髪を後ろにまとめた眼鏡の青年。魔石師は魔石を鑑別したり、用途に応じて魔石の粉を調合したりする仕事だ。


「パメラと申します。薬師です」

こちらはウェーブがかかった腰までの白髪。


「テオフはこの屋敷に住まいを、パメラは本人の希望もあって町中に店を持たせます」

アウロが説明してくれる。


「チャールズです。庭師です」

薄い黄緑色の髪の青年。あれです、深窓の令嬢と身分違いの恋をして駆け落ちする系の顔してます。


「チャールズは元子爵ですので、いざという時は主人の教育係もお願いします」

おい、何がどうして庭師になった? 駆け落ちか? あと、教育係はいらない。


「よろしく頼む」

つっこみたいけど、色々飲み込んで挨拶をする俺。俺も色々聞かれると困ることが多いからな!


 契約を交わして俺の役目は終了。金銀がファラミア以外を連れて出てゆく。徐々に親しくなっていければいいなと思いつつ、俺は続けてソレイユの話を聞く。


 他に料理人と厨房係、パン職人、皿洗いの下働き、洗濯係などを雇い入れたこと。厨房係は値段交渉をして食料を調達する人だって。この人たちはソレイユが契約をしている。普通の家だと家宰とか家令がするのかな?


 それにしても九人分の菓子か。月一くらいで何か配るとして、他に保存がきく飴とかビスケットを置いておこうか。


 城塞と町の整備、島人の希望やらの報告に次いで、俺が委託販売をお願いしたものの売り上げ報告。


「それで申し訳ないのだけれど、販促に借りた佩玉はいぎょくを欲しいと言う方がすでに何人かいらっしゃって、そのうちにナルアディードの商業ギルド長と海運ギルド長がいるの。譲るとしたらどちらがいいかしら?」

「これからこの島のためになる方」

あと金になる方。


「どちらも有力者、しかも普段から張り合ってる。難しいわね……」

どうやらどっちから睨まれても面倒らしい。


「今、佩玉ある?」

「ファラミア」

控えていたファラミアにソレイユが声をかけると、隣の部屋から高そうな箱に収められた翡翠の佩玉を持ってきた。


「箱がすごいな」

「すごいのはその佩玉だわ」

この箱欲しいんだけど。


 箱に敷かれた布から佩玉を取り出し、魔法陣を描く羽根ペンで抑えるように割る。


「きゃあっ! 何をするのよ!」

パキッという軽い音が響くとソレイユから悲鳴が上がる。


「平気平気」

もう一箇所、さらに一箇所、透し彫りが途切れておかしくない場所を選んで羽根ペンの先を当てて二つに割る。


 断面をキュッと削って終了。【鑑定】結果も問題なく腰痛に効くとでている。


「ほいよ。二人に売り付けろ」

動かなくなっているソレイユに言う。


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