第107話 バルモア

「じゃあリシュは連れて歩くのはまずいのか」

「大変目立たれるかと」

執事が笑顔で伝えてくる。


「リシュも人が多いところは嫌っぽいし、しょうがないけど」

足元に寄って来たリシュのほっぺたを、しゃがんでもしゃもしゃと指でなでる。


「お前は……」

ディノッソは頭が痛そうにしている。


「いいな〜。俺もわしわししてぇ」

ディーンは犬好き確定のようで、うらやましそうにしている。


「ディーン、お前は好きなものに対して思考停止するの何とかしたほうがいいぞ……」

レッツェも何か疲れているようだ。こっちの原因はディーンっぽいけど。


「私はここにいていいのかね?」

クリスが珍しくそわそわと不安そうに聞いてくる。


「呼んだのは俺だ」

下からクリスを見上げて答える。


 顎に視線が行くのは角度的に仕方がないことなのです。


「ありがとう。このクリス、全力で信頼に答えよう!」

クリスがいいやつなのはわかっているのだが、なんか背景にキラキラとか花を背負っているんじゃないかと思うようなジェスチャーが一抹の不安を抱かせる。


「それにしても、ちょうどいい精霊ってどんな感じだ?」

大きさで判断するとリシュだって小さいし。


「……アズを返したほうがいいだろうか?」

「いいや、そこにいたほうが俺も落ち着く」

時々俺の肩にもくるが、アッシュの頭の上が定位置だ。最初は怖い顔との対比がちょっとおかしかったが、今は可愛らしく見える。


「冒険者ならば火の精霊はよく聞くけどな。紹介いいか?」

レッツェがいつもの声で言ってくる。


 なるほど、ディーンの精霊をお手本にするか。でもやっぱり大きさでしか判断できないんだよね……。気配の大きさとか何をどうやって分かれというのか。


「ああ、すまん。このおっさんはディノッソ、こっちはレッツェ」

「おっさん言うな!」

ディノッソが文句を言いながらレッツェと握手をする。


「よろしく。……って」

握手が終わっても手を伸ばしたままなレッツェ。


「……間違えていたらすみません。……バルモア?」

「おう」

軽く答えるディノッソ。


「えええええっ」

「待ちたまえ、王狼バルモアといえば迷宮で行方不明になったのでは?」

悲鳴に近い声を上げながら寄ってくるディーンとクリス。


 蝋燭一本じゃ暗いので、そばに寄らないと確認できないのだろう。


「明日から冒険者に復職すっからよろしく」

「お、おれ、握手……」

自分の手をズボンで拭いて手を差し出すディーン。紹介するのが面倒だから自分で名乗れ。


「ディーンだ、です」

「クリス=イーズ、伝説と会えるとは光栄だよ!」

思ったことが通じたのか、自分で名乗ってそれぞれ握手を交わす。


「ディーン、話し方おかしい」

「うるせぇな、お前バルモアだぞ、バルモア!」

知らんがな。


「物語にもなっている。男で知らぬのはよっぽど偏った家で育った者だけってくらい有名人。直接顔を知っているのは同じ年代かその上で冒険者やってたヤツらだけどな」

レッツェが説明してくれる。


 俺にとってはディノッソだ。奥さんと子供たちに弱い、気のいいお父さん。まあ、ちょっとドラゴン型の精霊は格好良かった。


 よし、ドラゴン型の精霊をどこかで探してこよう。いるのはやっぱり南のドラゴン飛んでるとこだろうか……。


「とりあえず、目立ちたくないならその精霊を街中連れて歩くことはやめとけ」

「は〜い」


 ぐったりしながら手を振って裏口から出て行くディノッソ。


「王狼バルモアもパン抱えたりするんだなぁ」

ディーンが変な感想を呟いている。


「とりあえず飯の続きを食おう。ノート、メインは肉なんだけど俺が焼く? 自分で焼く?」

「私が」


 食卓に移動し、火かき棒で薪を動かし暖炉で執事が肉を焼き始める。


「なんかもう情報過多でいっぱいいっぱいなんだが」

レッツェが持ち込んだワインを飲みながらため息をつく。


「明日ギルドに行けばバルモアが見られるのか〜」

ディーンは継続して気持ち悪い。


「ジーン、当然のように精霊をなでるのはどうかと思うのだが……。いや、だが強い精霊ならば見えるだけでなく、あちらから触れられるのだったか。どちらにしろ気をつけたまえ」

クリスは優雅にグラスを傾ける。普段動作が大げさなのが目立つが、食べ方やちょっとした所作はきれいなのだ。


「それにしてもまたギルドが騒がしくなりそうだな。バルモアクラスならここじゃなくって迷宮に行きそうなもんだけど。やっぱりジーンがいるからか?」

「いや、子どもたちを鍛えるって」

レッツェの疑問を解く俺。


「え。バルモアって子持ち!?」

「ディーンはなんか追っかけ乙女みたいになってて気持ち悪い」

「しょうがねぇだろう、俺らよりちょっと上なだけで伝説級なんだぜ? 男なら憧れるだろ!」

レッツェもクリスもそこまでじゃないし。


「可愛らしいお嬢さんと、双子の兄弟が。鍛えるのは双子だけだろうか?」

「いや、三人ともって言ってたかな」

アッシュが怖い顔になったので、何か考えている様子。


「奥さんってやっぱり、氷雪のシヴァ?」

「氷雪かどうかは知らないけどシヴァだな」

シヴァにも二つ名があるのか。


 憑いてる精霊にちなんだものっぽいが、もしかしたら氷系の魔法を使うのかもしれない。もしそうならば魔法を教えてもらいたいところ。


「かーっ! 強くて美人の奥さん! いいなあ」

「そこは同意する」

美人で料理上手、ディノッソをさりげなく立ててるところとか。


「好みなのかね……?」

「好みというか、旦那のディノッソ含めてうらやましい家族だ」

平和な農家じゃなかったけど、やっぱりあの家族はいい家族だと思う。奥さんだけでなく子どもたちとの関係もうらやましい。


「バルモアとシヴァがいるなら平気だろうけど、子どもに変なちょっかいがいかないようにちょっと注意しとくか」

レッツェの言葉に、ディーンとクリスが目配せして頷く。


「お願いします」

俺よりはるかにうまくやるだろう三人に頭を下げる。





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