第341話 染色と畑
ソレイユは騒音の苦情だけでなく、何点か俺に確認したいことがあったらしい。キールが書類を俺の前に並べ、ソレイユから質問をうけて答える。俺は希望を言って、実務的なこととか他との整合性は丸投げだけど。
ついでに『精霊の枝』に下働きを入れることとか、魔法陣を描くためのインクやらペンなどの購入の話やらを詰めてしまうソレイユ。仕事が早い。
オルランド君はなんかポルターガイストに怯える人みたいになってたけど、とりあえず『精霊の枝』は平和なようだ。
新たな住人が馴染んでいることを確認したので、城内に戻る。ソレイユとキールとは別れて、今度は藍の染色場所を見学。アウロがついてきているけど、気にしないことにする。
南の塔から城壁内に作られた染色所に藍玉や生糸が運び込まれている。
南の塔は城塞側の桟橋というか船着場がある塔だ。塔の中には階段と、荷物を上げるための滑車とか、倉庫とか。
そういえばここに水車作ろうと思ってたんだった。後で夜中に作って、荷物を上にあげるのを楽にしよう。船着場は天然の洞窟というか、崖の割れ目の上に塔が建っている感じなので、ここの中に水車というか歯車つけたらきっとかっこいい。
無駄に歯車をつけたい! いや、上に荷物をあげるのを効率的にですね、滑車ついてるとはいえ人力だし。
なお、粉挽き用の水車はちゃんと職人が作ったものがもうある。小麦も含めてほとんど輸入に頼ってるけど、挽くのは自前。小麦と薪、塩と砂糖は領主の俺の名前で買い入れて、一定価格で小売している。
別に個別に買うのも禁止していないけど、大量に買って価格抑えてるから実質専売。薪はそっと魔の森がある城塞都市で俺が仕入れてるし。
染色所の入り口付近には、一応見えないよう壁が設けられている。無粋な感じではなくって、俺の塔の前にあるような庭の造形に溶け込む壁だ。
藍染の液を作るのは、地面に埋めた壺の中でやると説明したら、俺の家の納屋の地下にあるオリーブオイルの貯蔵用と同じものが城壁内に並んだ。合ってる、合ってるけどコレジャナイ感だったことを思い出すが、今は青く染まって違和感もなくなっている。
手が青く染まってるから、この染色に関わっている人はすぐわかるんだけど一応秘密の作業だ。気温や湿気に左右されて調整が必要な上に、つけては絞ってつけては絞って根気と力がいる。頑張って欲しいところ。
青く染まった糸を見せてもらったけど、浅葱色から濃紺までとても綺麗に染まっていた。生糸はつやつやと美しいし、綿糸もむらなく綺麗。
美しく染まった糸は、織り手の元に届けられて布になる。一応、機織り所も作ったけど家で織っている人も多いようだ。
商品の評判もいいというか、アホみたいな価格と購入の順番待ちが起こっているようなので、島の産業としては当たりだろう。ソレイユがちょっと悪そうなすごい笑顔を浮かべていたので、間違いない。
これも領主の俺の専売なんだけど、他の商売をしている人とびっくりするような差がついても困るので、働いている人たちに少し還元しつつ、町の整備に回す方向。
いざという時の備蓄だったり、石畳やなにやらの補修費だったり、病院と学問所の無償化だったり。
それでも他の場所より賃金がいいからか、青い布を見て感化されたのか、機織り上手な人の移住希望もちらほら上がっているそうだ。
美しく染めた人と、美しい布を織り上げた人には金一封出すので、切磋琢磨してほしいところ。
城壁内を一通り見て回って、次に向かうのは畑。って畑の入り口に衛兵がいるんですが……。
「入り込む不心得者がおりますので」
俺の視線に気づいたアウロが笑顔で言う。
「野菜泥棒が出るのか――って、チェンジリングか?」
ここで育てているのは、【食料庫】の野菜と掛け合わせて品種改良した野菜。水と遊びに来てくれる精霊のおかげでチェンジリングにもほのかに、あるいは普通に味がする。
「はい。当然主人のものを盗むなという事項は、契約にも入っております。が、一般の屋敷でも台所でのつまみ食いなどは許容範囲内、あやつらは虫のように微妙な量を食べるのですよ」
うちの従業員って……っ! 雇用主である俺が満足に食わせてないみたいじゃん! 菓子やってるだろう!
「まだ畑は試験段階、荒らさせると増えないんだが……」
俺が一人、山の中の畑で作ったものを持ち込み、それを増やしてもらっている畑なのだ。
「それが、野菜の個体に影響が出ない程度なので作業に問題はないのです。本当に一枚にも満たない量で――。食事というよりは、盗み食いを楽しんでいるとしか思えません」
普通の食欲とは違うのか。夜中に親にバレずに台所を漁るようなもんか?
「忍び込んだのが誰か確認した場合は、おやつ抜きの刑を執行しているのですが、だんだん腕を上げてまいりまして」
なんの腕を上げてるの!? 忍び込み!?
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