第342話 日常
さて、本日は朝のうちに山のちょっと上にある蜜柑の収穫。俺が植えたヤツなんでまだ背は伸びておらず、エクス棒に手伝ってもらうまでもない。
あ。そういえば昨日、アウロたちに精霊を使った覗き見って対策してるのか聞くの忘れた。次に行った時に聞かなくては。覚えてられるかな?
蜜柑はちょっと前までは酸っぱかったのに甘くなった。ついでに枝が混んでいるところの剪定もしてしまう、棘も取ってしまおう。実を傷つけて病気が入ったり、この高さなら平気だけど、リシュに刺さったら大変だし。
最初にもらった、植物をあっという間に大きくする『成長の粉』は、結局勿体無いような気がして使わないままだ。家の前にある葡萄棚の葡萄と、果樹を植え始めたころにおっかなびっくりちょっとだけ振りかけた思い出。
ちょきちょきしてたら、自分の影に小さく跳ねて前足でとすっとする遊びをしていたリシュがこっちを見ている。いや、俺の後ろ?
振り返るとカダルとルゥーディルの二人がいた。二人でいるのは珍しい、まあルゥーディルが暗がりでリシュを見てるのがデフォだからだが。
「おはようございます」
「ふむ、精がでるな」
カダルが言いながら近くの枝に手を伸ばす。カダルが近くにいる木々が喜んでいるようで、触れられた蜜柑に至っては葉がつやつやになって、いかにも美味しい蜜柑をならせます! みたいな姿になった。
「……眩しい」
ルゥーディルは何で朝に来た?
二人とも魔法の師匠なわけだが、ハウロンに魔法ではないと言い切られてしまったんですが――と相談するべきだろうか。でも、目潰しライトから周囲を照らすくらいのライトにする調整の仕方を教えてくれたのも二人だ。
段階的に威力を抑えたあの修行、だいたいあれが基準で他の魔法を頼む時もイメージしているので、俺の魔法の基本を作った二人で間違い無い。
なお、家に転移される前の修行については考えないものとする。だって、あの頃は精霊と契約していなかったし、ここまで周囲の精霊に興味を持たれてなかったんで、今思うと普通だった。ほぼ無詠唱だったし、やっぱりハウロンの言う魔法とは違ってた気がするけど。
「金柑を頂けぬか?」
「私も」
ああ。
同じ柑橘でも、
気に入ったらしいのはわかってたんだけど、この二人がわざわざリクエストしに来るのは珍しい。
「カダルは砂糖漬けで、ルゥーディルは甘露煮でいいですか?」
頷く二人。
表面に白い砂糖の結晶が付いている砂糖漬けの金柑は紙袋に、飴に濡れてツヤツヤしている甘露煮は瓶に。
金柑は食べると皮にあるテレビン油で唇が痺れるんだが、精霊ってどうなんだろうと思いつつ二人に渡す。
「礼を言う」
「……」
礼を言って来るカダルと、無言でまた魔法陣のインクの材料を渡して来るルゥーディル。
カダルがそれを見て、袖を振るうと光の粒がふわふわと果樹園に広がる。カダルが力を振るって、細かいのを作り出したのだろう。カダルの性質を帯びた細かいのを追うように、眷属っぽい精霊が木々に宿る。
「ありがとうございます」
今度は俺が二人に礼を言う。
うちの果樹園どうなるんだこれ。
育てるのに時々参加しているカダルはともかく、ルゥーディルがなぜ金柑好きというか味がするかというと、リシュが掘った穴に植えたんだよね……。なので正しくは、金柑が好きなんじゃなくって、ここに植えられている金柑が好き、なのだ。
リシュに掘ってもらった穴に植えたのは、八朔も。収穫がもう少し後になる黄色味が強い八朔を愛おしそうに撫で回すルゥーディル。
冴え冴えとした白い月みたいな印象の麗人だったんだけどな……。リシュはユキヒョウといい、ずいぶん慕われているようだ。でも動じないのすごい。
八朔は皮を白ワインたっぷりでピールにして、チョコをかけて食うつもりなので俺も楽しみなんだが。
作業を終えて、ブランチまでは行かないけど、遅い朝食。
本日はゴボウに舞茸を入れた鶏めし、砂糖・醤油・酒でほんのり甘くほんのりしょっぱい。だし汁で食べる方の鶏めしも好きだけど、こっちも好きだ。
細切りにした大根の酢漬けは柚子と唐辛子入り。インゲンのごま味噌和え、カジキの焼き物、アサリの味噌汁。
鶏めしだけでもいいけど、【収納】から出すだけだしな!
リシュも肉と水以外に何か好きなものできないかな? 犬ならこれでちょうどいい? 肉食よりの雑食のはずだけど、確かチョコや玉ねぎ、葡萄とかはダメなんだよな。
お肉を食べるリシュは可愛いし幸せそうなんでいいか。
食事を終えて、カヌムに【転移】。今日はハウロンのダンゴムシチャレンジの日だ。中身が乙女だとやっぱり苦手だろうか、ダンゴムシ。ちょっと不安だ。
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