第93話 壁塗り
冬の間に
畑も順調、エンドウ豆が花を咲かせている。若いうちにサヤを食べるサヤエンドウ、さらに育ててグリンピース。スナップエンドウも少し、アカエンドウはみつ豆用。
食料庫から出したエンドウ豆とこっちのエンドウ豆、こっちのエンドウ豆はもさもさと伸びがすごい。花の数は食料庫から出したエンドウ豆のほうが多いけど、生命力がすごい。
エンドウ豆って他の花を必要としない自家受粉なんだけど、エンドウ豆の精霊が興味深そうに両方の花にちょろちょろしていたので放っておいた。雄しべを切って他の花から人工授粉させる細かい作業はできる気がしない……っ!
畑に現れる小さな精霊は、この野菜の精霊だろうな〜とわかるような特徴がある。キャベツっぽいパンツ履いてるやつとか、豆の花の形のドレス……と見せかけて足がないのでそれが本体っぽいやつ、イタリアンパセリの葉を生やした丸い物体。
人間が祈りや怖れという名の魔力を捧げるもんで人型や身近な脅威――狼とか竜とか――の形をした精霊が力をつけやすく、神と呼ばれるほど強い精霊は大体その姿をしてるんだけど、小さい精霊の形は様々でなかなかカオス。
なお、食料庫の野菜には精霊は生まれない模様。もともと
精霊がいると野菜の色が一段濃くなるような気がする。鮮やかでみずみずしい緑、葉の先までピンと伸びた美しい形。
俺の掘り起こした玉ねぎをふんふんと嗅ぐリシュ。
「リシュ、犬は食べると玉ねぎ病になるから――」
「リシュは犬ではない」
ルゥーディルが現れた!
かつての主人とか言ってたけど、今でもリシュのこと大好きだよな? 仔犬の姿に色々思うことがありそうだけど。
「おやおや、いい野菜だねぇ」
パルがいつの間にか畑の真ん中で野菜を見て回っている。パルが歩いた後の野菜がさらにぱつんぱつんに元気になる。
イシュが水やりをしているのも見える。来た早々ありがとうございます。
精霊の姿は見かけるものの、俺の畑にここまでファンタジーな変化はなかったんだが、二人が現れると途端にファンタジーなことに。まだ実るはずのない苺が白い花を咲かせたかと思ったら、真っ赤な実がぷくぷくと。
玉ねぎを収穫した後の、柔らかい土を掘る遊びをするリシュの隣にずっとルゥーディルが立ってるんだが何をしているのか。もしや後ろに控えている家臣系?
俺は途中で作業をやめて、サラダの準備。エシャロットと白ワインビネガーのドレッシング、レタスと間引いたベビーリーフのサラダ。焼いた玉ねぎ、デザートは苺。
こっちの苺のいくつかは表面のボコボコが消えて形も日本の苺に近いものができた。完熟させて種にして、来年もっと俺の知ってる苺っぽくなるよう頑張ろう。
「サラダをどうぞ。お試しだから少量ですが」
執着や興味がないと味がしないらしいからな。
実績があるワインとパンと塩を用意し、そのほかにサラダをちょっとずつ、苺を一つずつ。
パルとイシュは無事野菜と苺に味を感じた様子。よし、野菜料理解禁ぽい!
――ルゥーディルは玉ねぎに味がついたようだ……。
『灰狐の背』通りに買った家の下水周りの工事が完了。とりあえず壁と床、屋根を直すことにする。
「いや、確かに街の中のことならタダで手伝うっていったけどよ」
ぶつぶつ言いながら、俺が削り取り割れた石を入れ替えた壁に漆喰を塗っているレッツェ。
「はっはっはっ! 一人でガリガリやるのさすがに飽きた」
二軒目だしな。
「お前なぁ」
話しながらも器用に綺麗に壁を塗るレッツェ。
「手間をかける」
「申し訳ございません、レッツェ様」
同じく壁を塗るアッシュと執事。
ここの
報酬は俺に入ってくる賃料の十分の一と、いざという時の抜け道としての使用。あの家を乗っ取った弟がアッシュを亡き者にするのを諦めていなかった場合の用心だ。
国を越えて仕事をするような輩を雇うほどなのかわからないけれど、自国内では何組かに狙われたらしい。執事が国内で足止めをしたのもあって、国を出てからはまだ一度も狙われてないそうだけど。
「ちゃんと金は相場を払うよ、結構これ重労働だし」
壁はともかく天井を塗るのはだいぶきつい。
「レッツェ様もお住みになりませんか? 設備的に見ると破格の賃料になると思いますよ」
執事のお誘い一号はレッツェだった、さすが執事。
「レッツェは家を買ってお嫁さん募集するらしいぞ?」
「おや、それは」
「いや、嫁はまだいいんだけどさ」
視線を彷徨わせるレッツェ。
「家を買うと嫁の募集中になるのか……」
アッシュ、それは大幅な誤解が。
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