第369話 介護する
うずくまるハウロンにそっと布団をかけて遮熱し、冷え冷えプレートを差し入れる。弁当用保冷剤サイズで長方形、風は体が濡れていれば感じる程度の微風。安静、安静。
「ちょっと、畳み掛けてくるのやめてちょうだい!」
動かなかったハウロンが、ばっと上半身を起こして俺に怒鳴る。
ハウロンの声をきっかけに静かだった周囲がざわめく。子供たちやディーンたちが、さっきカーンが見せた映像への驚きや、過去の火の都市を知ったことへの興奮に声を上げている。
「えっ! ひどい、心配したのに!」
きゃっきゃとする周囲と裏腹に不本意な俺。
「いや、お前何入れたの?」
レッツェが聞いてくる。
「これ」
保冷剤のプレートを渡す。
「何だこりゃ?」
「ご高齢二人と、体の小さい子が体温上がっちゃった時用」
持ち歩きに便利なのを目指したので、あまり長時間は保たない。
レッツェが持っているプレートの角にある、小さな魔石を親指で押し込んで発動させて見せる。どうですか、ぷちっとすれば発動!
「……畳み掛けるのやめてやれ……」
「介抱したのに」
「肉体じゃなくって心の心配してやれ」
「精神の健全さは健康な肉体があってこそじゃないか? あ、もう発動してるからあげる」
返してくるレッツェに軽くプレートを押し返す。
「涼しくなる魔法陣とか、空飛ぶ絨毯よりありがちだと思うけど」
「あるわよ。あるけどね? なんで持ち歩けるサイズなのよ」
とりあえず小型化するのは日本人だと思います。大きいのもロマンだけどね。
「取り乱して悪かったわね。――ティルドナイ王、自由になった御身にお仕えすることをお許しください」
一言俺の方に向けて言うと、カーンに向かって首を垂れる。
「許す。こき使うぞ?」
ニヤリと笑うカーン。
その間にシャヒラたちが姿を消す。カーンがヤドリギを引っ込めたようだ。後に残ったのは声を出さずに笑っているベイリスだけ。
「ハウロン殿はカーン殿に仕えるのだな。君主を見出したこと、言祝ごう」
会話を聞いていたらしいアッシュが言う。
「おめでとう。それに、そこだけすくい取って祝いを贈れるアッシュに感心する。俺はダメだな、気になることがありすぎて言い損なう」
ちょっとレッツェさん、他と会話しながら俺のほっぺたを伸ばすのやめてください。
「丸く収まってようございました。説明も見事で、事実は変わらずともハウロン殿も美しい真実として納得のことでしょう」
執事が微笑む。
「さすがに俺も、再会直後では説明する気にはなれなかったぞ」
カーンが言う。
「再会した時に説明を受けてたら完全にキャパオーバーの自信があるわ。あの後しばらく、眠れなかったから夜はリジルムーンに任せて、意識の城に引き篭ったもの」
「……ちょいちょい溢れていたような気が致しましたが」
表情を変えず執事が小声で呟く。
「王の枝の契約上書きとか、王の枝を二分するとか、王の枝が枝じゃないとか、王の枝なのに現時点で国がないとか、黒精霊がフリーってどういうことなのかとか、ティルドナイ王の主がいるとか、無理だから!」
ハウロンが叫ぶ。
要約するとカーンが無理?
「あー。改めて言われるとすごいな」
走ってあちこちを見て回り始めた子供たちを、シヴァに任せて会話にディノッソ参戦。
「当事者の俺は諦めた。望ましい結果なのだ、許容せざるを得ん。感謝もしている」
感謝されると照れる。あと、カーンはそのまま死にたかったんじゃないかと、少し心配だったので嬉しい。
「さて、エスに移動を始めるか。ゆっくりしていると暑くなるからな」
「おー、出発するぞ! 集まれ」
ディノッソが声を掛けると、子供たちが走り寄ってくる。
クリスとディーンも走ってきた。
クリスは子供たちと一緒になってあちこち見て回っていた。オーバージェスチャーで面倒見のいいクリスは子供たちに人気。
ディーンはあれだ、ディノッソのファンだ。べったりとつきまとうことはしないが、声がかかれば張り切って寄ってくる。
「まずしっかりフードで顔を隠して。気づかず肌を晒していると火ぶくれになるわよ。気をつけてね。次にズボンは靴下の中に入れるか、裾をくくること。砂が入らないようにするのよ」
ハウロン先生の砂漠を歩く講座。
俺の【転移】であっという間だが、それは知らせず子供たちをしばらく歩かせる。ディノッソとシヴァは子供たちに優しいが、甘やかしているわけではない。冒険者として身が立つように早いうちから仕込んでいる。
俺もちょっと見習って、限界まで歩いてみようか。前に来た時は限界のはるか手前で【転移】して『家』に戻ってたからな。
「オアシスが消えて久しい。魔物さえいなければ夜に進むほうが良いのだがな。凍えるほど寒くもなるが、焼かれるよりは対応できる」
カーンが寒い方を取るなんて珍しい。
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