第519話 人に恵まれる

「私がジーンに連れて行かれたのは、光り輝く海中――巨大なカメの甲羅の上。私にもはっきりと姿が見え、声の聞こえる強き精霊の背だったのだよ」


 クリスがエールを一息に飲む。


 光り輝く海の底……? ああ、精霊たちが集まってたから、クリスにはそう見えたのか、もしかして? 


「ちょっとカメのこと持ち上げ過ぎじゃ……もごっ」

ディーンがクリスに視線をやったまま、後ろから俺の口を塞いだ。


「クリスが話し終わるまで、大人しくしとけ」

隣のレッツェがこっちをチラリと見て言う。


 まあ、言い方があれだけど強めの精霊なのは間違ってない……?


「空気のドームが私たちを包み、寒くもなく、暑くも感じなかった。強きカメの精霊はのんびりとしゃべり、海の底に向かって素晴らしい勢いで潜って行ったのだよ!」


 俺が大気の精霊たちに頼んで気圧を調整してたんですよ! カメはなんかセイカイの頼みを断れなかったのか――いや、カメは精霊だから潰れるのは背中の空気の層と中の俺たちだけか! カメも一蓮托生だと思ってたのに、今更違うと気づく俺。あのカメ!!!!


「海の底のさらに底、海底に開く穴を通った先に見たものは、溶けた鉄のような色を隙間から覗かせた小山のような精霊、燃える岩、その性状は火。海底で周りに他に同族がおらず、孤独な精霊だったのだよ」


 かりんとう饅頭の形容もすごいな!? おかしくない? クリスが説明するとみんないい人ならぬいい精霊みたいだぞ!?


「ジーンから告げられた私の役目は、その孤独な精霊に同族たるヴァンの話を聞かせ慰めること。彼女が――孤独な精霊は女性だったのだよ――彼女が望んだのは、恋の話。同族の心躍る恋の話は、彼女を沸き立たせ、同時に孤独を濃くする」


 ……。マジで?


「お前、目が丸まってるな……」

レッツェが小声で言いながら、カキフライをつまみ、エールを飲む。


 エールはディーンたちが飲んでたものをそのまま飲んでいるんだけど、ハウロン準備かな。この辺のビールと違って、アルコール度数が高いみたいだし、穀物がそのまま混ざってるってこともない。


 俺が驚いて――感心して落ち着いたのがわかったのか、ディーンが離れる。座り直して俺もエールに口をつけつつ、アジフライをもう一つ。話を聞きながら食べるには、ちょっとつまみづらいね。フライドポテトも出そうかな? 


 おっと、クリスの話が佳境に入ってる。


「心を鎮め、海底を沈んでゆく彼女を追いながら、幾多の物語を語ったろう。ジーンの語る話は多彩で私も聞き入ってしまったよ、話の余韻で自分の番を忘れるところだった。そしていつしか、彼女は海底で仲間と出会い還っていったよ」


 エールで口を潤すクリス。海の底でも饒舌だったけど、ここでも話が上手いな? 見習うべき? 俺の話はこっちじゃ知られてないだけで、昔からある話ですよ。


 でもこっちの世界のクリスの語った話と類似性があるものもあって、なんだか不思議だった。通い婚で姿を見ちゃダメとか、ヤマトトトヒモモソヒメと大物主おおものぬしだっけ? 日本にもあるよね。ギリシャ神話にもあるかな?


「大変だったわねぇ。精霊の住う美しい海の中、時を忘れさせるのんびりしたカメの精霊、孤独で悲しい精霊……美しいわ。アタシも海の底についていきたかった」

ほう、とため息を漏らすハウロン。


 カメは浦島太郎にも時間を忘れさせてそうだな? あれは竜宮城の時の流れが違うのか。だが今俺は、カメを疑いたい。


「精霊が仲間と合流するのを見届けて帰ってきたのか?」

「いいや、まだ終わらない。戻るために海を進むと海神セイカイがジーンに会いに出てきたのさ!」

ディーンの質問に、クリスが答える。


「ううう。ものすごく聞いたことのある名前がここで」

「あー。セイカイの頼みだって言ってたもんな」

ハウロンとレッツェ。


「海神セイカイは私も聞いたことがあるよ、ナルアディードで信仰される神のひと柱だよね! 雄々しくもイルカに乗った姿は、話に聞くまさにその神だったよ」

得意げに言うクリス。


「その海神セイカイがジーンに己が名を託し、なんと私にも褒美をくれたのさ! 海の底で精霊と別れる時も金をいただいてしまったし、1日で大金持ちさ。ジーンに選ばれた時は、誇らしくも旱魃で苦しむ人たちのため、この命を使う覚悟を決めたというのに、蓋を開けてみれば美しき夢のような体験だったよ。まあ、ジーンがそばにいれば大丈夫だとは思っていたけどね」

そう言ってウインクしてくるクリス。


 命はかけないでください。――その覚悟で即答してついてきてくれたんだ。なんか本当にこっちの世界で人に恵まれたな。


 テーブルに頬杖をつき、質問に答えて話しているクリスを見、周囲の人を見る。レッツェ、ディーン、カーン、なんかぶつぶつ言い始めたハウロン。ここにいないけど、アッシュ、執事、ディノッソ、シヴァ、子供たち。


 うん、だいぶ幸せ。


 さて、クリスから預かったものを出すか。ハウロン、この精霊金の元が何か俺と同じ考えにたどり着いて叫びそうだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る