第61話 お勧め品

 チーズはでかい盆に何種類か持ってきたものから、好きなだけ選べる。当然選んだ分だけ金はかかるが、けっこう楽しい。


 断面は真っ白なのに表面が煤で汚れたようなチーズがいくつか。聞いたら山羊のミルクのチーズ独特の酸味をやわらげるために木炭粉が掃いてあるのだそうだ。ヤギチーズにはけっこう多い模様。


 他に白カビチーズに青カビチーズなどなど。日本で食べてたチーズより総じて癖があるんだけど、慣れてきた。高い店にいけばこういうチーズも食べる機会があったのかもしれないが、プロセスチーズかピザにかかってるチーズくらいしか馴染みがなかったから。


 あとで四種類のチーズピザを作ろう、それに蜂蜜をかけて。餅メンタイピザでもいいな。


 薄切りのバケットはチーズについてくるので乗せて食べる。鼻腔に残るチーズの匂いをワインで流すといい感じなことを知った異世界生活。


 ちょっと会話が落ち着いたところで鞄から鞄を出す。


「これはクリスとディーン、こっちはレッツェたちに」


アッシュと執事にもレッツェに布の鞄を頼まれたと話して、欲しいかどうか聞いた。二人とも欲しいと答えたので作ってきた。


【生産の才能】は便利で四、五回作れば図面も要らなくなる。鞄の場合は今では型紙も不要で、いきなり裁断できる。


五人分作ることを知ったアッシュから納期の短さを心配されたが、余裕でした。


「おお、ありがとう」

ディーンが黒い革の鞄に手を伸ばしたのをはじめに、次々と持ち主の手に渡る。


「代金をお確かめください」

「はいはい」

執事からはアッシュと執事分の代金をもらい、他からも受け取る。


 俺の鞄は鞄が入ってた時より重くなった。


「あれ、これ内側……」

「丈夫にしてみた」

「値段とつりあわねぇだろ」

呆れ顔のレッツェ。


「こちらも……」

「うむ」

執事とアッシュがそれぞれの鞄を開いて覗き込んでいる。


「無事帰ってきたらなんかおごってくれ」

「わかった、帰ったらたるで奢る」


 いや、あの未成年だからね? こっちでは成人してるけど。こちらの流儀に合わせるといっても、さすがにそんなに飲んだことがない。


「料理分はこちらに出させてください。場所はここでいいですかな? 牛を一頭手配しておきましょう」

「うむ」

執事の言葉に頷くアッシュ。


 牛きた! 豚と鶏肉はよく使われるが、牧畜により多くの投資が必要な牛肉はお高い。ちなみに空を飛ぶ鳥が一番いい肉とされている、なぜなら飛ぶから。なんでやねん。精霊が飛んでるからか?


 一キロおおよそ銅貨二枚だったかな? 牛一頭はおいくらなんだろ? 金貨十枚いってしまうんじゃなかろうか。


「私も出すから参加してもいいかね?」

「俺も、俺も」


 討伐終了後の打ち上げが決まったようだ。参加しない俺だけ無料コースだが。

 

 その後は討伐用の買い物。ダッチオーブン風の重たい鍋をアッシュとディーンが担いで行くことになったり、執事とレッツェにレシピを書くことになったり。買い食いしたり。


「無理せず、無事戻ってこいよ」

「まだ会うだろ」

俺の言葉にディーンが肩をすくめる。


「いや、しばらくギルドに行くの避けようと思って」

「ああ、ガラが悪いのが集まってるからな」

レッツェが言う。


 精霊が見えるやつに会うと色々ボロが出そうだからなんだが、まあいいか。


「アッシュは絡まれなかったか?」

「金をよこせと言われたが……。すぐに離れていったな」


 ああ、眉間にシワがよったんですね? いや、待て。アッシュは金を強請られたのか? おかしくないか?


「クマを担いでいるのをすでに目撃してるのも多い、滅多なことじゃアッシュに絡まないと思うぞ。まあ、絡まれたら俺を呼べ」

「うむ。月光の君とレッツェは絡まれたら遠慮なく私の名前を出すがいい!」


 銀二人が請け合ってくれる。


「私も対処いたしますので……」

執事が申し出る。


 この執事、いつも柔和に笑っているけれど暗器の一つ二つ隠してそうな気配。その辺の精霊より大きつよい精霊連れているし。


 アッシュと執事、俺は前回の調査のおかげで青銅から銅に上がっている。三本ツノを持ち帰った調査ということで、星も一つついている。


 鉄ランクまでは強ければなれるが、それより上は星が揃わないと上がれない。星は街や住人に大きく貢献したか、尊敬されるような行いをした印。


 結果、鉄ランクは実力は銀だけど素行が悪いというのが多い。その鉄ランクが討伐に参加すれば必ずもらえる星目当てで集まってきている。


 住人も討伐はしてもらわねば困るので、討伐前の多少のトラブルは目をつぶる傾向があるそうだ。終わった後は容赦ないみたいだけどね、住人もけっこう強かで現金だ。


「あれ、同じ方向か」

まだ飲んで行くというクリスとディーンと別れ、四人で路地を進む。別れの挨拶をしたにもかかわらず、レッツェは同じ方向だった。


「アッシュたちはご近所さんだな」

「うむ」

「俺は魔の森に近い門の側に部屋借りてるんだ。安いしな」


 魔物が来る魔の森に近い場所でなんとなく嫌がられているエリアな上、イベントの時しか開かない、依頼を受けるギルドから距離がある、冒険者にも微妙に不便な場所だ。


「なんか大家が最近流行りのトイレ工事して、賃上げするって言ってて」


 レッツェの愚痴にアッシュと執事が俺を見る。


「下水とトイレを新しくすると快適なのだよ」

「今から考えると、なぜあの臭いに耐えられたのか不明です」

トイレ工事を勧める二人。


 食料やら持っていくものやらでお勧めをし合っていたが、今日一番のお勧め品はトイレに落ち着きそうだ。すでに布教に近いかもしれない、いいことだ。


「むう」

難し顔で考え込むレッツェと別れて、それぞれ家に。


 暖炉に火を入れて家に転移。駆け寄ってきたリシュをしばらくぐりぐりとなでて、牛乳を飲む。カレーを食べるつもりだったけど、買い食いもして腹が空いていない。


 そういえばアッシュの家の風呂はどうなったのかな?











  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る