第60話 集合

 鯛をさばいて切り身をつくる。塩、粗挽きコショウをふって小麦粉を薄くまぶす。オリーブオイルで皮のほうからじゅっと焼いて皿に。ぱりっとした皮は正義。


 たっぷりのにんにくのみじん切り、赤唐辛子、オリーブオイルを弱火にかける。にんにくの香りが立ち始めたらアサリと菜の花を投入。にんにくって作ってる時と食べてる時はとてもいい匂いだ。


 絡めるようにちょっと炒めて、酒をふって水を加えて蒸し焼き。口が開いたらレモン、オリーブオイル、醤油で味を整えて、熱いうちに鯛の皿にまわしかけて出来上がり。


 鯛もアサリも菜の花も春の旬、菜の花は食料庫のだけど。鯛の身はふわっとやわらかく、にんにくの効いたアサリもいい感じ。成人してたら白ワインでも開けるところだろうか。


 夜はカレーにしようかな。森で名付けまくって、家に【転移】して倒れこみ、心配したリシュにふんふんと嗅がれる毎日。夜のメニューは盛るだけのスープ系が増えてきた。


 倒れこむ床にふかふかの絨毯欲しくて、行ったことのない国をうろうろしたりもしてたのでそれだけやってるわけでもないけど。


 ダブル・ノットという二重結びで織られてとても丈夫、それでいてとても細かい鮮やかな模様と色のシルク絨毯。細かすぎて指の細い若い娘さんしか織れないというなかなか男性諸氏の妄想が捗りそうな絨毯を買ってきた。


 【転移】は最初、テラスに出て窓を開けてそこで倒れこむかんじだったんだけど、きっちりどこになにがあるか記憶イメージがあれば物があるところにも出られることが判明。


 記憶と違ってそこに何か置かれてたり人がいたりすると、まったく別なところに飛ばされるけど。何かすごい霧の場所に飛ばされて、慌てて戻ったことがある。おそるおそる改めて【転移】して、最初に転移しようとしていた場所を確認すると、泣いてる子供を発見。街に届けたのはいい思い出。


 今日の午後はアッシュたちとの待ち合わせがあるので森はお休み。鞄を渡して、討伐用の買い出しに付き合う予定だ。買い出しにはちょっと早い気がしたが、直前になると他の参加者と被って値上がりしてたり、欲しいものがなかったりするのだそうだ。


「おう、ニイちゃんきれいな顔してんな、ちょっと付き合えよ」

そして冒険者ギルドで絡まれてる俺。


「いいじゃねぇかちょっと酌しろよ」

スルーしてたら腕を掴まれた。


 ので、腹に蹴りを一つ。体を折り曲げて頭が下がったところにかかとを落とす。


 絡まれ方が女性じゃなかろうか、普通金出せとかおごれじゃないのか?


「ジーン様。それ以上は大怪我というか……」

ギルド職員が止めてくる。


 止めるなら、絡んできた時点で止めろと思うのは俺だけだろうか。


「回復薬が売れていいじゃないか」

冒険者ギルドのカウンターでも売ってるよね?


 踏み潰す気満々で力を込めていた足を男の頭からどける。頭潰して回復薬が効くか謎だな。


「ジーン殿、大丈夫か?」

「おお、よりによって宵闇の君に絡むとは!」

「お前、全部無言で済ますのやめろ」

「ジーン、ドン引きだから場所を変えようか」

酒場の方から出てきたみんなに回収される俺。


 後半のディーンとレッツェは俺の心配はないのか!


「あの容赦ない黒クマに絡むなんて、勇気あるな……」

「よそ者だからしらねぇんだろ」

「警告なしでくるからな」

「警告がありゃあその間に職員が止めに入るのにな」

「黒クマに絡んだ時点で終わりだろ」


 なんか他から囁きが聞こえてくるんだが、とりあえず黒クマって俺か? 二つ名をつけられるならせめて狼って思ってたけど、もう手遅れだろうか。


「昼の時間も過ぎましたし、ハノンの店でいかがでしょう?」


 執事の提案で近くの飯屋に移る。立ち飲み形式のパブみたいな店が多い中、ちゃんとテーブルと椅子がある。その分少々高めなので、昼の少し安い煮込み料理の時間が終わると途端に人が引ける。


「人数分の酒とチーズを」

そして昼以外は酒の店なのだった。


 執事の注文に店員が返事をし、すぐに酒が用意される。俺は日本では飲酒ができない年齢だが、こちらではその辺決まっていないらしく子供でも飲んでいる。さすがに高い蒸留酒は与えられてないっぽいけど。


 こっちの酒はこっちの流儀に則って飲む。食料庫の酒はあと一年とちょっと待つ。なんとなく決めて過ごしている。


「全員での再会を祝して乾杯をしようではないか」

クリスの言葉に杯――といっても木をくり抜いたコップだが――を、目の高さまであげる面々。


 コップに驚いて顎の精霊が引っ込んだけど、すぐ出てきて顎に配置。愛されてるなクリス、きっと顎ならなんでもいいわけじゃないよな? 


「調査終わった後、みんなは何してたんだ?」

「ギルドとの打ち合わせだよ、ディーンが逃げたからね!」

「クリスの補佐」

ディーン逃げたのか……。レッツェにしわ寄せがいってる気配。


 俺も早々に抜けたのでそこは突っ込まないけど、荷物持ちだった俺と違って調査依頼受けた張本人だよな?


「俺は新居探し」

「新居? 借家から引っ越すのかね?」

ディーンの言葉にクリスが尋ねる。


「妹が転がり込んで一緒に住んでたんだが、甘やかしちまうから俺が家を出て宿屋暮らししてんだよ」

代わりに妹に厳しかった母親を呼び寄せたらしい。今、家事をぎっちぎちに仕込まれてると聞いた。


「私はクマ狩り」


アッシュはブレないな……。


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