第59話 ほんの少し

 商業ギルドに回復薬の納品。

 冒険者ギルドに顔を出して、レッツェ捕獲。


「じゃあ、ひと月後には出発なんだ?」

「アメデオ次第だけどその予定だ」


 アメデオというのは金ランクの冒険者で、今回の討伐にあたってギルドが呼んだらしい。たまたま他の依頼を果たした直後で体が空いていたのだそうだ。でも休息をとった後なら――ということでひと月後となったらしい。


 春の終わりか、初夏には出発、俺たちが調査に行った場所からそれより奥の場所にかけて、魔物の数を見ながらしばらく泊り込んで数を間引くのだそうだ。


 今回の討伐、数は多いもののまだそんなに強い魔物は生まれていない、という判断がギルドから出ている。いても一体か二体くらいで少なく、アメデオがいればどうにかなるという考えのようだ。


 この街にいる銀は強制参加、鉄にも召集がかかっている。銅ランクは鉄の星三つ以上の推薦があれば参加できる。今回の条件ならば、普通の銅ランクは星が欲しくて参加するチャンスがあるなら離さないそうだ。


 アッシュと執事もディーンとクリスの推薦で参加。執事の場合、アッシュが参加するから参加だし、アッシュは星が欲しいわけでなく貴族として民が危ないのならば戦うのは当然らしい。


 魔物が増える原因は黒精霊が憑くから、というのは冒険者ギルドでは把握している。俺以外にも精霊が見える者がいるんだから当たり前だが。


 ただ今回のこれは、中原諸国で小競り合いを繰り返しているので、そのあたりの魔術師か呪術師のせいだろうということになったようだ。そして黒い精霊を生み出すような術の使い方は忌避はされるけど容認もされてるみたいだ。


 戦争中にきれいごとなんか言ってられないというのもあるけど、だいたい傷ついた精霊は人の目の届かないところに逃げてまず傷を癒そうとするので、直接その場で危機に陥ることがないとは言えないけど少ないから、そして見えない人が大多数だから。


 小競り合いで群雄割拠してる中原というのは竜の首のあたり。カヌムのあるアジールは魔物との緩衝材扱いらしく、国同士の戦いとは縁が薄い。かわりにどこかで戦争があると今回のように魔物が増えて対応に追われることもしばしば。


 アッシュの国は時々領土争いに参加していて、姉のいる国は昔から勇者が滞在する国で強国というか、帝国と呼ばれいくつかの国を支配している。


 俺の家のある国も山脈のせいで分断されて平和。顎の付け根の山脈は険しい標高の高い山々がつらなってるし、下顎半島の中でも分断されまくりなので、海に面した国はともかく国際情勢から取り残された小国がたくさんある。


「ところですまん、前言撤回で悪いが布で鞄を作ってくれないか? もちろん金は出す」

「布で?」

「ああ、布で。ギルドが急かせて討伐出発までには商品化するって聞いてな」


 俺は討伐の不参加を調査の段階で宣言している。なんとなく後ろめたいこともあって、鞄――こっちにザックやバックパックという商品がなかった――を作るか聞いたのだが、その時は断られている。


 レッツェ曰く、素行が多少悪くてもこの討伐に参加して何匹か狩れば必ず星がもらえる、どんなのが来るかわかんねぇ、とのこと。あんまり目立つものを持ってると奪われる可能性が高いらしい。


「じゃあ、ここで背中計ろうか?」

「ああ、頼む」

ディーンとクリスは銀ランク、そういった絡まれ方はまずしないので狩ってきた皮を預かり、鞄をつくる約束をしている。シートは布に蝋を塗って防水にしたものを用意するそうだ。


 四、五日だらだら過ごしたし、そろそろ作り始めるか。それにそうか、目立たなければいいんだな。


 二十日後に会う約束をして借家に帰る。午前と夜はしばらく縫い物三昧だ。


 金クラスのアメデオはもうすぐ金に上がるだろと噂される魔術師とコンビを組んでると聞いたので、ちょっと戦いを見てみたかったのだが、国を股にかけて活躍するような冒険者とはお近づきになりたくない。


 先ずは下準備、革のなめしと染色はもちろん、レッツェ用の布を選んでこよう。丈夫で軽くて防水、防水布って蝋を塗ったりキャンパス地に油を染み込ませたりなんだよな、こっち。


 ……ゴムの木に適した気候って年中高温多湿なとこか。レインコートの布は薄い生地の間に溶かした天然ゴムを塗って、圧着の後火にかけるんだったか。でも劣化が早いし、服ならともかく重い物を入れて伸びたら一発アウトな気がする。やっぱりトカゲ君の革が便利だな。


 そういうわけで、表は一般的な防水布、裏地をトカゲにしてみた。背中側は少しフェルトを詰めてクッションをつける。レッツェのリクエストで色はモスグリーン。


 気にせず革で作ったディーンとクリスの分は黒。


 せっせと鞄を作りつつ、森の黒い精霊との追いかけっこの場所は野営地の川沿い周辺に変更。魔物は無視して精霊を捕まえるお仕事です。この周辺の精霊と黒い精霊に名付けて、契約を増やしている。


 特に枝葉の水滴の精は、暖炉の精霊と同じく離れていても様子を伝えてくれる能力がある。水盆に見た風景を映してくれるのだ。


 人が魔法を使っているところが見たいんです。この周辺、片っぱしから名付けて盗撮ポイントに抜けがないようにしなくては。


 ついでにアッシュたちの手助けをお願いしとこう。ほんの少し運が良くなる程度、ほんの少し疲れが癒される程度でいい。群がって目立たないよう十分言い聞かせる俺。


 金ランクのアメデオさん、精霊みることができるので有名なんだそうだ。







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