第318話 感謝

 喜んでいたなら幸いなんだが、ハニワを止める者が誰もいなくなるのではないかという不安が。


「オルランド君、頑張ってな……」

「なんですか、その哀れむ目は!?」


 いえ、ね?


「目を逸らさないでください! 何があるんですか!」

オルランド君が迫ってくるが、今は目を合わせてはいけない!


「ああ、ちゃんと追求する人がいる……」

涙を拭う仕草をするソレイユ。


「我が君、桟橋でヘインズ殿たちがお待ちです」

「よし、移動しよう」

アウロの言葉に靴を履いて、そそくさと移動を開始する俺。


「くっ、ヘインズ様をお待たせするわけには」

不本意そうなオルランド君が後をついてくる。


 向かった桟橋には、お爺さんとアリーナ、キール。船頭の爺さんはすでに小舟で待機。


「あ!」

気づいたアリーナが手を振ってくる。


「ニイ様、七日の後に正式にお世話になることに決まりました。よろしくお願いいたす」

近づくとゆっくりした会釈をしてお爺さんが言う。座布団が別れを惜しんでいる。


「こちらこそよろしく」

アリーナの頭を撫で、お爺さんと握手をして送り出す。オルランド君はすごく何かを言いたそうだったけど、笑顔で乗り切る俺。


 船頭の爺さんに金を渡そうとしたら既に支払済。年払いでまとまったものを払ってはいるが、利用するたび何がしかを渡している。今回はアウロかソレイユか、どちらかに先を越されたようだ。


 そう言えばアリーナのイタチはどうしたんだろう? まだ寝てるんだろうか。まあいいか、アリーナに憑いている精霊ならアリーナのことなんだろうし。


「さて、じゃあカニの続き」

「やめて!?」

ソレイユに止められた。


「王の枝に傷がついたりしたら……」

オロオロしながら泣きそうなソレイユ。


「大丈夫、硬いから」

「わはははは! 過保護だな!」


「過保護……」

ソレイユが何かショックを受けて後ろに一歩下がる。


「王の枝とはにわかに信じられんが、俺の中の精霊が騒ぐ」

キールがなんか中二病っぽいことを言い始めている。


 じゃ! ってことで元の磯に戻る俺。ついてくるアウロ。そのまま磯遊びをする大人二人と棒。


 まあ、アウロは俺というかエクス棒が釣り上げたカニを回収したり、俺の靴を持ってついてきたりだったが。いや、お前仕事はどうした?


 日が傾いてきたので、獲ったカニを締めて【収納】する。見えない場所を探るのが好きなエクス棒も、今日は満足したようだ。座布団も湿らなかったようで何より。 


 城の前でアウロと別れ、俺は塔へ。


 階段を登って玄関ホールへ。一階は荷車がそのまま入れて物資を保管する倉庫、入り口は二階なのだ。


 そのまま最上階、服を脱ぎ捨てて温めの風呂に浸かる。オレンジ色に染まりつつある海を眺める。風呂の周りに植えた植物もだいぶしっかりしてきた。


 庭師のチャールズからもらった、青いつるバラが石壁を越えて枝を伸ばし始めている。


 育つの早いな〜などと思っていたら、精霊がバスタブの前の温度を調節するための桶でバシャバシャやっている。


 なんか色々な精霊がいる。水場に火の精霊って普通はいないんだが、ヴァンの力で熱湯に変えているせいか、そのあたりには火の精霊が群がっている。あれか、『精霊の枝』の中庭扱いか? 


 昼から夜に変わる時間を風呂で過ごす。日が落ちると今度は夜の精霊が訪れる。星明かりの精霊、月光の精霊、夜風の精霊。


「おおお?」

遠くに真っ黒で大きな影。


 ドラゴン初めて見た! かなり遠くなのにデカイ影なのが不思議な感じ。月明かりの下、あまり羽ばたかず飛行機みたいにまっすぐ進んでいる。


 どんな仕組みで飛んでるんだろう? ホバリングしている風でもないし。ファンタジーだなあ。


 近くで見たいけれど、かなり大きい。果たして今の俺で襲われた時なんとかなるだろうか? もっと遠く、あちこち見に行くには強くならないと。


 ドラゴンが見えなくなるまで見送って、風呂から上がる。さすがにふやけた。


 台所で飯。今日の夕食は牛すじカレー、城塞都市でブロック肉をたくさん食ったので、牛すじにしてみた。野菜はシンプルにレタスにハードチーズを削ってドレッシングをかけたサラダ。


 牛すじは何度か煮こぼして冷まして、固まった脂を除いてと、下処理したものが大量にある。後で大根とゴボウと煮るつもり、こんにゃく入れてもいいかな。


 自分の食事を済ませたら、卵焼きを大量に作る。卵は家の見た目普通な鶏君がサボらず産む卵。多分精霊の影響がバリバリ。


 机のある部屋に行くと、綺麗なレースが出来上がっていた。気が向いたらってことで、イーゼルに木枠を置いてお願いしておいたのだが頑張ってくれたようだ。


 机の上にお礼の水と、蜘蛛の姿をした精霊が好む砂糖と花を置く。新しい木枠をイーゼルに置いて、レースが張られた木枠を抱えてソレイユの元へ。


 とりあえず外の人視点でも素晴らしい町に仕上げてくれているみんなに感謝。石工たちをはじめとした職人さんにもボーナスを出したいところ。


 ――ソレイユがレースの木枠を掲げたまま、きらきらした目で動かなくなった!


 卵焼きは争いが起きているが、毎度のことなので気にしない。いつも結局ちゃんと一人一個ずつ行き渡るし。残像を残しての戦闘が、俺の後ろで繰り広げられているが、調度品を壊さないならいいかと思っている。 

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