第319話 ずれる会話と認識
四角い……。肩幅と厚みと腰回りまでが明らかに筋肉で四角い。
カヌムの家、待望の魔法使いと対面中。
ディノッソと執事に引き合わされた魔法使いは、杖で殴る方が得意そうに見える魔法使いだった。ついでにいかつい顔で強面、ハンサムな部類だけど、眼光鋭く眉間に縦ジワ、引き結んだ口。
「ジーンです、よろしくお願いします」
よろしくお願いします? と語尾が上がりそうになるのを抑え挨拶する俺。肉弾戦の先生じゃないよな?
すごく楽しみにしてたんだけど。魔法に期待していいんだよな?
「リン・リジルムーン。『リンリン』でいい」
いや待って。
なぜよりによってそう略す? せめてリンリムとかリンジルとかにしない? 中華な
「では『リン』老師で」
オルランド君が
今は何も考えてはいけない。考えたら負けだ、執事とディノッソに視線が行きそうになるのをこらえて無心で笑みを浮かべる。
「うむ。半分だが聞き取れるか……」
黙ってこちらを見ていたリン老師がちょっとだけ眉毛をあげて頷く。どうやらリン老師呼びは無事了承されたようだ。
「背中に憑いておるのは光の精霊だな?」
「はい」
座布団の定位置は背中か尻、あとは大福の下とか。
「どういった働きをする?」
「座る時に――」
「癒しの効果でございます」
尻に敷けると言おうとしたら、執事が上から言葉を被せてきた。
「アノマの城塞都市の神殿にいた古い精霊だ。力の引き出し方によっちゃ、欠損も治せるらしい」
「――です」
ディノッソの言葉を引き取る俺。
「ふん、
「え、愉快な名乗りで笑い出さないか試されてた?」
笑って目をそらしてたらダメだったのか?
でも試すためとはいえ、その顔でリンリンはない、リンリンはないよね!? あと座布団は座布団だと思うぞ。
「……」
リン老師が無言で俺を見る。
「よし、お前は黙れ」
ディノッソがいい笑顔で言う。
「ジーン様はずれてらっしゃいますが、悪気はございませんので……。それと、殺気はともかく威圧は効きません。ええ、それはもう見事に効きません」
執事が笑顔でフォロー。
「威圧は気づいてねぇレベルでスルーされるぞ」
ディノッソがリン老師にニヤリと笑ってみせる。
威圧されてたのか? いつ?
……。
「申し訳ない」
どうやら真顔で冗談を言って、笑ってはいけないなにかとかではなく、威圧をかけられていたらしい。
「――名乗りのどの辺りが愉快だったのだ?」
「俺の認識では、『リンリン』はちょっと色っぽい娘さんか、特定の熊を指す言葉なので」
モンモンしました。
「……」
正直に言ったらリン老師が黙った。
「熊……」
ディノッソがつぶやく。
「正確には植物をかじる、白黒に色分けされたもこもこ。後で図説する」
パンダと言っても通じないだろうこのもどかしさ。
「リジル殿、本当はなんと?」
執事が微笑を保ちつつも眉毛が寄っている。
「意味は特別ない。ただ、精霊の音を聞き取れるか試しただけだ」
憮然としているリン老師。
「なんとか老師のなんとかが熊娘なのか」
ディノッソが言う。どんな娘だよ!
「なんとか……」
「精霊の音が聞き分けられる人間は、精霊語を正確に聞き取り発音ができる素養がある。それを確かめた」
それは精霊の音といいつつ、精霊の言語だな? そこだけ言語が違うことに俺が気づくと思うなよ!?
「リンリンは試す前に聞くべきだと思う」
ストレートに聞いてくれないと困る。
「お、今度ははっきりだな。リンリンか、ずいぶん可愛らしい響きだな」
ディノッソが笑う。今度はこっちの言葉を意識して発音したからな!
「ジーン様、ズレている理由が普通ではございません……!」
執事から苦情が入る。
俺は普通、普通にしているはず。
「あれだ。こいつは普通に接する分には普通だが、試そうとすると明後日の方向の対応が来る。諦めて普通に教えてやってくれ」
「ふん。ここは
そう言って懐から魔法陣の描かれた羊皮紙を取り出し、一部をなぞる。
『此方彼方に現れ消える精霊よ、我、人の身なれど距離も望まず、壁も望まず、ただ彼方に在ることを望む。望まず、望む者の数は4。捧げるは魔石四つ、捧げる魔力は100のうち30。我らを運べ』
「おおおお?」
リンリンが言い終えると視界が変わった。屋内から平野に。遠くに市壁に囲まれたカヌムが見える。
「ここならば邪魔は入るまい。そして、これが【転移】だ」
「すごい、呪文らしい呪文!」
【転移】の呪文ってこんなのだったのか!
「……」
遠いところを見ているような笑顔を俺に向けるディノッソ。どこか、だよなあみたいな雰囲気もある。
「ジーン様、【転移】に驚いてください。そして【転移】できる者でも、この距離を飛ぶことができるのはリジル殿だけでございます……」
執事がそっと耳打ちしてくる。
「初めて聞いた呪文に興奮してた。……【転移】できる人に初めて会いました!」
笑顔でリンリンに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます