第446話 ディノッソ
「実は少し前に……」
「ちょっと待って!」
話は始めようとしたらディノッソに止められた。
「うん」
「……」
右手をこちらに向けて上げたまま、横を向いて目を瞑ったディノッソ。
「……よし、話せ」
深呼吸後に腕を組んで聞く構え。
どこから話そう? 森に助けに行った話はもう報告してるし、その後他の街にハウロン共々潜伏中な話もしてある。じゃあ直接の原因になったことからか。
「森でみんなを助けた時、ギルドとの契約を取っ払うついでに、領主の娘さんの契約もうっかり壊したんだけど――」
「待って。すでに待って?」
ディノッソがストップをかけてくる。
「……」
大人しくまつ俺。
「うん。ギルドの契約って用紙も特殊だし、それなりの術者がそれなりの術式を入れてる……うん。それなりだもんな、そう、それなりだしな。――よし、続きを頼む」
一人
「ノートがギルドの契約書は黒くなってるだけだろうって言ってたんだけど、領主の方は違ったみたいで、爆発したんだって」
「まあ、一方的に破棄すればな。特に片方を縛るような契約はそうなるわな」
うん、精霊もそんなかんじのことを言ってた。
『対等か対価があるとか、お互いが納得している釣り合いが取れた契約は、私たちもあんまり力を奪われないからね』
ベイリスが笑って言う。
「……」
カーンはベイリスに一度視線をやって俺に戻し、黙っている。
カーンは普段、ハウロンの【転移】で中原を始め他の国を見て歩いている。ずっと神殿に閉じ込められている間、世界がどんな変化をしたのか学習中。
今のところ、衣食は進んだ物もあるけれど、国によってはカーンの国より文化程度が低かったりするらしい。
ハウロンを借りてしまったので、今はお休み中。俺が代理で移動しようかと言ったら、「お前は争いに近づくな」と断られた。カーンは半精霊化して俺と縁が濃いから、俺の感情に精霊が引っ張られることを多分知っている。
というか、カーン自身も少し引っ張られるっぽい。ごめんね!
「で、俺もちょっと、いや、だいぶ怒ってたんで、城塞都市に行って、精霊に嫌がらせを頼んでしまいました」
「おう、気にすんな。嫌がらせ程度で気がおさまった方が意外だ」
どこかほっとしたようなディノッソ。
「結果、領主の家で契約書が爆発した時、精霊が消火活動全く手伝わなかったらしくって、領主たちが神殿に担ぎ込まれました」
人質妹除く、一家丸っとみたいです。
「ふん。魔法や人の痕跡がある精霊は弾いても、自然にいる精霊は弾けない、か」
ディノッソが呟く。
あ、領主の館ってそれなりの精霊対策があるのか。今気がついた。
「一応言っておくが、お前、自分が精霊に与える影響を自覚しとけよ? ――で?」
「おしまいです」
今のところ進捗はないはず。
頼んだことはもういいから、普段通り自由にって神殿の精霊にも言ってきたし。ただ、座布団もいないし、回復の準備には時間と金がかかるだろう。
そして一つ気づいた。これ、みんなが直面した状況に、ディノッソも静かに怒ってたな? だから俺が怒ってやらかしたことに甘い。
「は〜っ。人の契約やら解除するんなら、背景調べてからバレないように慎重にやれよ? 一方の状況だけで解除しちまうのは、うまかねぇ。できることがバレりゃ、騙されて犯罪の片棒を担がされたり国同士の契約を一方的に破る手伝いをさせられたり、やべぇことしか浮かばねぇ」
長い息を吐いて、脇に避けていたワインのグラスを手に取る。
なんかもっと酷いことを期待されていた気配!
「周りの精霊が俺の感情に左右されるって怖くない?」
「俺が剣を持ってるのは怖いか?」
「いや?」
俺が作った精霊剣だし。あれから鞘は随分地味に変えたけど。
「狂人がナイフ持ってるのは? って、お前強いしな。――周りに無力な子供たちがいる時とかな」
「それは怖い」
剣を持つディノッソの周りに子供たちがいてもドキドキしないが、狂人の近くに子供たちがいたら焦る。
「俺も狂人が一体の精霊持ってることのほうが怖ぇよ」
俺の頭をくしゃっと片手でするディノッソ。
「精霊がお前の思ってることを忖度するのは魔法の訓練やら、迷宮でのことでもう知ってるからな。基本、普段は精霊が寄ってくることを止めてることもな。ついでに言うと、奴らが死ぬ目に遭って、お前が怒らなかったらそっちの方が怖ぇ」
ぽんぽんされて終了。
「お前の周りの者は度量が広い。俺とも普通に過ごしているしな」
カーンが言う。
「おう! って胸張って言いてぇとこだが、心臓に悪くって半泣きになったり叫ぶのはやめられねえぜ。それに、ただの好き嫌いだ。アンタもコイツも結構好きなのよ」
笑って牡蠣をバゲットに乗せて、ぱくっと。
「ありがとう」
嬉しいのとなんだか気恥ずかしいのが混ざった。
小さな声で笑うディノッソと黙って笑うカーン。ニコニコしているベイリス。
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