第447話 逆です。
大人しく農作業をして数日過ごしていると、アッシュの腕輪の精霊から帰還の連絡。思ったより早いな?
籠に【収納】から出したあつあつのアップルパイを詰め、急いでカヌムに【転移】して、アッシュの家へ。勝手口を叩くと、待っていたかのような執事が扉を開けてくれる。
「おかえり」
「うむ。ただいま」
無事で何より。
居間でくつろいでいた風呂上がりらしいアッシュに迎えられる。挨拶しながら大気の精霊を呼び寄せ、アッシュの髪を乾かしてくれるよう頼む。
「大変だった?」
「いや、私たちはほとんど宿にいただけだ。ギルドはディノッソとハウロン殿が」
大賢者、大活躍の気配。
「丸く収まった?」
「うむ」
椅子を勧められ、座って話す。
「原因の城塞都市の方は?」
「そちらは正直、狐につままれたようでよくわからんのだ」
「うん?」
「アノマの領主は一家揃って神殿から動けずにおります。――アッシュ様、ジーン様からです」
勝手口で渡した籠の中身を切り分けて来たようだ。
執事の持つ盆の上にはアップルパイの載った皿とお茶。
「頂く。ジーンの菓子は久しぶりだ」
アッシュが嬉しそうにアップルパイにフォークを入れると、菱形の格子になったパイ生地がさっくりと崩れる。
一口食べたアッシュの背景に、花が飛んで見える。
「ああ、忘れていた。これも一緒にどうぞ」
熱いアップルパイの横に、【収納】から出した小さな丸形の皿の中身を落とす。
中身はアップルパイにつきもののバニラアイス。すぐにアップルパイに触れたアイスの表面が溶け始める。
冬場のアイスは寒いかって、生クリームにしようかと思ってたんだけど、この部屋は暖かい。多分、風呂上がりにアッシュが寒くないように、執事が暖炉に多めに薪を足したのだろう。
「これも美味しい。リンゴのパイは街でも見かけるが、ジーンのものが一番美味しい」
手放しで褒めてくれるアッシュ。砂糖とか、材料がね、と思いつつも嬉しい。
このアップルパイはアッシュ用に少し甘めだが、リンゴの酸味が爽やか。シナモンはりんごの香りを邪魔しない程度。たっぷりなやつも作ったけど、リンゴがいい匂いだったんで。
パイ生地も上はサクッと崩れ、リンゴにくっついていたところはシナモンシュガーの溶けたリンゴの果汁を吸ってむにっと美味しい。むにっと部分はあんまり多いとしつこくなりそうだけど、いい具合。うん、上手くできてる。
「アノマの領主家族は怪我を負って神殿にいる。火事があって、使用人も多かれ少なかれ不調のようだが、一人だけ無事――それが、件の娘の妹だったのだ」
「うん」
その火事の影響の程度は、アッシュの怪我に加担した度合いです、たぶん。
クリス曰く、エメラルドの君の妹さんを館の中に監禁か軟禁していたのだから、使用人も積極的に見張りをしたり、見て見ぬふりしたりと関わっていたんだろう。
「城塞都市では、一人無事だったその娘が、精霊の
「精霊の愛子……」
「精霊に愛された人間ですな。今度のような危機的状況で、不思議と無事な方がおりますと、精霊の助力を受けたと考えるものなのです」
執事が補足してくれる。
逆、それは逆です。その妹さん助けたんじゃなくって、その他大勢がダメだっただけです。精霊がぷんすかしていたせいで、本来そこまで大きくなる前に消えるはずな火が広がったんです。
「絶望的状況で魔の森から帰還したことで、姉の方が愛子ではないかとも。それもあり、神殿とギルドの保護の元で領主から受けた被害を話し、二人ともあっさり信じられた。領主の長男も、精霊を恐れてあれこれ話したとも聞く」
神殿とギルドを押さえるだけの力が領主側にないってことかな? 火事も隠し切れるものじゃないだろうし、街で噂か。
「城塞都市は領主の権限が強かったのだが……。王都から代わりの領主が送られて来たとしても、この問題でこちらに飛び火することはまずない」
アッシュが今までの城塞都市のあり方を思い出している気配。権限が強くても全員怪我人じゃな……。
「城塞都市とカヌム、両ギルドから当初よりだいぶ多い報酬を頂きました。口止め料も込みでしょうな」
執事がお茶のお代わりを淹れてくれる。
「俺としてはみんな無事で、これからも平和ならいい。でも、あんまり無茶はしないで欲しいな」
その前に呼んで欲しい。
「うむ。気をつける」
真面目な顔で、でも少しだけ笑うアッシュ。
その後、貸家にもアップルパイとおかずになるようなものを差し入れ。レッツェとハウロンに火事騒動の真相がバレて、ほっぺたを引っ張られたり、叫ばれたりした。
ディノッソはOKだったのに、当事者のレッツェに一番叱られた。とりあえずみんな無事ならなんでもいいです。
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