第329話 焼き上がり

「ところで、どこまで話したのだ?」

カーンが回る肉を背景に聞いてくる。


「ジーン様がエクス棒様をお持ちなところまでですな。その後、ハウロン殿がカーン様解放の望みを口にされ、貸家を案内した次第です」

執事が簡潔に説明する。


「そうか……」

「誓文交わしたから何をバラしても平気だぜ。ジーンの安全的な意味では」

頷くカーンにディノッソが補足する。


「大魔導士殿はすでにいっぱいいっぱいなようだし、今日はヤメてやれ」

レッツェが言う。


「……ということはまだあるのね、これ以上のものが」

ため息をつくハウロン。


「アタシは何のために呼ばれたのかしら。そもそも何のために知識を――」

半ば目をつぶりちょっと上を向きながら肉を回す。


「やばい、自分を見失ってる」

うわあという顔をするレッツェ。


「大魔導士で大賢者、しっかり!」

応援するディノッソ。


「一度は通る道でございます」

達観している執事。


 もう喋っていいですか?


「まだ時間が必要なようだし、俺も手伝うから何か美味いものを作ってやってくれ」

立ち上がるレッツェ。


 レッツェにいい笑顔でサムズアップするディノッソ。何だ? もしや俺は隔離か? 


「酷くないか?」

「酷くない、酷くない。ほら、肉がメインとして、何を食わせてもらえるんだ? 美味いモン食えばハウロンも落ち着くだろ」


 むう。


「エビパンと焼き野菜、デザートはカステラプリンでいいか?」

「カステラが分かんねぇけど任せる」


 生野菜サラダも時々出すけど、冬は焼き野菜が暖かくていい。簡単だし。


「これ、焼いてくれるか? デザートでも使うから窯の方で頼む」

「心得ました」

執事に焼き野菜にする野菜を任せる。


「あ、ハウロン。ちょっと精霊借りる」

「は!?」

「美味しいもののためです、諦めて。『一人か二人手伝って。火と水のある場所なんで苦手なヤツは無理しないで』」

「えっ!?」


 ファンドールと薄い青い衣の精霊がふよふよとこっちに来た。座布団も俺の背中に張り付いてるけど、料理の手伝いは汚れそうだし――いや汚れないだろうけど、絵面的によろしくない。


『よろしく』

ファンドールが興味津々、薄青い衣の方はおっかなびっくりみたいな感じで、台所についてくる。


「なんか今、叫び声が聞こえなかったか? この短い間に」

「気のせいです」

胡乱うろんそうにこっちを見てくるレッツェに、笑顔で返す。


 ファンドールにはかまどに配置してもらい、薄い青い衣の精霊には刻んだり混ぜたりの作業を見てもらう。


「はい、はい。空気含ませて白くなるまでかき混ぜてかき混ぜて」

そして、レッツェにはカステラ用の液の泡だてをしてもらう。


 俺はその横でカラメルを作って、ラムを効かせたプリン液を用意する。蜂蜜も少々。


「解体だけじゃなく料理も結構力仕事だな」

レッツェが器用で、しばらく後にはきめ細やかで均一な泡のカステラの元が出来上がり。


 電動調理器がないと特にパンや菓子作りは力技になる気がする……。こちらに来てから、お菓子作りが趣味です(はーと)という女子の二の腕を確認したい気分になった。


 そういえば、昨日今日とアッシュが午前中に子供達を森に連れてゆく代わりに、午後はシヴァに料理を習ってるんだった。男前な上に料理上手になられたら俺の立場は……。


 窯用の天板に並べた、カラメルを入れた器にプリン液を注ぎ、その上にそっとカステラの元を置く。


「『これ執事に届けてくれるか?』」

天板に水を注いで準備完了。俺の肩口から何か手伝いたそうに覗いてくる座布団に頼む。


「いや、お前なあ……」

天板を乗せて慎重に飛んでゆく座布団を、呆れた顔で見送るレッツェ。


 そんなこんなで出来上がり。酒も並べて準備完了! 食卓に並ぶ鳥の丸焼きがとりあえず三羽、食パンに玉ねぎ入りのエビのペーストをたっぷり塗って揚げたエビパン、焼き野菜。


「どうぞ。エビパンにはこれつけて食って」

小鉢にニンニクを効かせたスイートチリソース。 


「もう驚かない、もう驚かないわよ! で、この赤いのは何?」

「焼きトマト」

黙るハウロン。


「コイツは毒じゃねぇから安心しろ」

レッツェが食べて見せる。


「そういえばちまたでは、悪魔の実と恐れられておりますな。こちらはすでに別物でございます」

執事も一口。


 そういえばこっちの世界、トマトはまだ観賞用で毒がありますね! ナスとかジャガイモとか俺の身近な野菜が毒有り問題。頑張って解決せねば。


「ああ、このエビパン? 酒が進むわ」


 結局ディノッソに昼間から酒を飲ませている俺。人数分のカニグラタンを焼けばいいように用意してあるから、それでシヴァの機嫌を取ろう。


「……美味い」

カーンがつぶやく。


 どうやら精霊のようにこだわったもの――カーンの場合、精霊化する前に好んだものと嫌いなもの――にしか味がしない病を無事突破。


 神々は自分の関わった食物しかいけなかったけど、カーンはチェンジリングの方法でいけた。人の部分が残ってるからかな? 酸っぱいの嫌いなのは猫みたいで微笑ましい。寒がりだし。


 ハウロンから精霊を借りたかいがあった。


 きつね色のカステラが盛り上がったカステラプリンが焼き上がり、食卓に出す頃にはハウロンも陽気になった。ちょっと飲むペースが早かった気がするが気のせいだ。

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