第203話 土偶と遭遇

 黒いような鈍色だった湖は、中から見上げると美しい濃い青。光が上に上にあるからかな?


 色々相談と思考を重ねた結果、自分の体に薄い大気の膜を張ってとぷんと湖に飛び込んだ。水に溶けた空気と入れ替えながら潜ってゆく。水圧もとくに感じないし、便利。


 ひれが薄絹物のようになびく人魚型や魚型の精霊が周囲を巡る。中には小鳥のような姿のものもいるが、大気の精霊かな? アジか何かの小魚が群れで一つの生き物のように回転しながら動くシーンを思い出す。


「ちょっと前が見えないのでずれてください」

俺の願いを聞いて腰から下の足元にずれる精霊たち。


 沈んだ黒い木々が枝を伸ばす中、潜ってゆくと赤みを帯びた水草、緑色の苔が枝について揺れている。普通、陽光が届く場所にあるものだが、ここは違う。沈んだ森には樹木の精霊の眷属や、惹かれて集まった緑の精霊が未だ多く、奥にゆくほど緑が豊かなのだ。


 底近くは新緑の緑。驚いたのか、ネオンテトラを思わせる小魚の群れが一斉に動いて水草の影に隠れる。


 まっすぐ伸びる黒々とした木々に、水に流され揺れる様々な水草。陸の植物よりも葉は柔らかそうで薄く繊細。


 黄緑色の柔らかそうな葉を持つ水草が、気泡をたくさん抱えている。光合成? これが光合成で作られた酸素かどうかはわからないけど、届く陽光は少ないはずなのに底が薄明るいのは、どうやら淡く発光する苔や水草があるせいらしい。


 触れると、葉が抱えた気泡を手放し細かな泡が上に登ってゆく。水草によってはどういう原理か俺の顔くらいの気泡を留めているものもあって、突くのが楽しい。


 材木取りに来ただけのはずだが、思わず遊びまくる。


 って、なんかでかい遮光器土偶しゃこうきどぐうみたいなのがこっちを覗いてるんですけど。五能線木造きづくり駅かここは! ――足は両方あるな。


 瞳が見えないのでなんともいえないけど、隠れきれてない木の陰からこっちを見ている。気づいていないふりして、顔の正面からフェードアウトするとすごい音もなく体ごとこちらに向き直るんですけど。


 ねえ、どうやって動いてるの? いや、俺みたいに水の精霊に水流で動かしてもらってる気はするんだけども。


 精霊だよね? 敵意は感じないけど、これ、挨拶した方がいい? 遮光器土偶ってどっちかというと火山とか溶岩のイメージがあるんだけど、なんで水中?


「ええと、こんにちは。お邪魔してます?」


 いや、横を向いてもその尻幅でその木に隠れるのは無理です。関節が動くわけでも表情が動くわけでもないのに慌てているのがわかる。さては引きこもりか!


「危害を加えたり、無理やり引きずり出すような真似はしないです。たまに来て家具を作るために二、三本木を貰ってもいいでしょうか?」

大きさから言って、たぶん現在のここの主だと思うのでお伺いをたてる。


「あ、これ畑の土ですが……」

周囲の精霊にそっと好みを聞いて【収納】から土の入った麻袋を出す。塔の空中庭園用に用意した、パルの力が宿った土だ。


 麻袋は出した途端、水流に巻かれて土偶の側へ。土が土偶の目の穴に吸い込まれる。え、そっち!?


 ふよふよとただよい、俺の手に返却される麻袋。麻袋を手に取ったところで、ゴッっと鈍い振動が起こって、土偶の周囲の木が四、五本水中に浮く。根から黒い土塊つちくれがゆっくりと水底に落ちる。


「えーと、それを貰ってもいいのかな?」

土偶の代わりに周囲の精霊が肯定する。


「ありがとう」

俺が礼を言い終わると土偶が気泡をあげつつすごい速さで離れていった。動かないからなんか変な感じ。


「ありがとう、土偶」

抜く手間が省けた。その気泡の後に向かってもう一度礼を言う。


 その場に漂う木を【収納】して、水から上がる。湖なのに潜水病にでもなりそうな深さだが、そのあたりも対処済み。思いもかけず楽しい時間だった。


 精霊たちにも礼を言って、飯!


 取り出したのはクリスたちに渡した卵サンドと同じもの。サクッと焼き上げられたトースト、たまごがたっぷり。クリスたちの分は冷めてサクッとはしなくなったかもしれないけど。


 寒いここではこの温かさがご馳走、主役はボルシチだ。ビーツをちゃんと入れてみたせいか、インパクトあふれる鮮やかな深紅色。そこに白いサワークリームを落とす。これをスプーンで溶かしながら混ぜて食べる。


 好みからいうとビーフシチューとか、ポトフとかミネストローネの方が好きだけど、たまにはいい。


 海老フライのロールサンドももぐっと。食後にコーヒーを飲んだころには、体も大分温まった。美味しいし、幸せ。


 さて、魔物が出るけど広いからここで枝を落としたり扱いやすくして【収納】し直そう。


 貰った五本の巨木を出して、『斬全剣』で整える。真っ直ぐ伸びたもの、大きなこぶのあるもの。瘤の部分は木目が複雑で美しい素材が取れると聞くので、遮光器土偶なりに選んでくれたようだ。


 枝もぶっといので使えそう。凄いな〜と思っていたら、またもや気配。



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