第221話 カーンの理解

「よし、わかった。やはり今の時代でも普通は『王の枝』を持っていないし、【転移】もしないし、強大な精霊をペットにもしていない」

カーンが杯を空けて一気に言う。


「それが正しい理解でございます」

執事が微笑を浮かべながら、カーンの杯に酒を注ぐ。


「この酒がないのは残念だが、安堵あんどした」

「何でジーンに直接聞かなかったんだ?」

太い息を吐いたカーンにディノッソが尋ねる。


「明らかに強大な精霊に仔狼の姿をさせておいて、何かと問うて「愛犬」と返してくる者に何を聞く?」

「あー……」

聞き返したカーンに、ディノッソが変な声を上げながら俺を半眼で見る。


「リシュは普通に仔犬だし、頭から尻尾まで可愛いだろうが」

どこからどう見ても可愛い。


「フォルムの問題じゃない」

「仕草も可愛い」

否定してくるディノッソに間髪入れずに反論する。


 執事が小さく首を振っているのを見て、レッツェに視線を向ける。


「まあ、可愛かったけど」

「カルビ焼きもあるぞ。つくねをピーマンに挟んで食っても美味しい」

セセリ、ネギマ、皮――レッツェの皿に串を増やす俺。


 理解できない、みたいな視線をレッツェに向ける三人。


「いや、俺は普段、見えねぇし、精霊の気配も読めねぇんだよ。威圧されるとか、精霊が気配を主張してこねぇ限り無理。普段俺に見えねぇ精霊が見えりゃ、頭じゃ強い精霊だって分かるけどな」

新しい串を口に運びながら言うレッツェ。


「凡人なんでな、見た目に印象が引きずられる。あんたらと一緒にされても困る」

「リシュは見た目通り可愛いぞ」

「一周回ったお前と一緒にされるのはもっと困る」

拒否するレッツェ。ひどい。


「見えんのか?」

カーンがそう言うとベイリスが肩のあたりに姿を現す。


 部屋を物珍しげに見て回り、三人への紹介を終えた後は、カーンの胸にかかった小さな容器のついたペンダントの中で休んでいた。本体である砂漠から引き離されたばかりで落ち着かないらしい。


 親指の先ほどのガラスの容器は、上下に金で装飾が施され、中には砂漠の砂が入っている。普通は薬を入れる容器らしいんだけど、ベイリスのいい寝床になっているようだ。


「カーンは見えているし、ヤドリギも見えたけどな」

「ふむ。『王の枝』は実体ごと俺と同化しておるからな、誰にでも見える」

どうやらレッツェが本当に見えないのか試したらしい。カーンが納得するとベイリスはすぐ姿を消した。


「そういえばカーンの『王の枝』って、全部出すとやっぱり丸くなるのか?」

ヤドリギは木の枝に丸く育ってけっこう可愛い。


「丸く……? 台座に飾ってあった時の形が基準なのではないか?」

残念、台座にあった時が基準なら先にゆくほど枝分かれが多い繊細な枝ってくらいだ。きっと、枝と言うくらいだから全体じゃないんだな。


「我が契約者殿がずれている、基準にしてはいかんことだけは理解した。今の時代の勇者を避けることも承知した」

納得してたらなんかカーンがまたひどいことを言っている。


「それがようございます」

そして執事が肯定。


 俺の扱いひどくない?


「何故、こんなゆるい男が永の問題を解決し、俺の生殺与奪の権利まで持って主に納まっているのかわからん。だがまあ悪い気はせん」


「人に左右されず、無理せず、思う通りに、快適に生きてゆくと決めてる」

人の都合で行動を制限されるのは特に御免被るので、空気は読まない所存。


 姉に関わるのは絶対嫌だが、かといって姉を気にしてコソコソするのも嫌だ。


「やらかすなら安全は確保してやらかせよ? 搦め手で攻めてくるのもいるし、勇者の関係者以外にも厄介なのはいるぞ」

「うん、いざとなったら逃げてくる」

レッツェの注告に逃亡宣言をする俺。



「大森林の迷宮が健在だとはな。王になって諦めた夢がどうやら叶うらしい」

その後、冒険者の動向をディノッソたちに聞いていたカーンが感慨深げに言う。


 迷宮はいくつかあるんだけど、一番深い迷宮かつ、くせのない迷宮が魔の森にある迷宮だ。他は古城の迷宮とか常時霧がかかって鬱々として幽霊が出る系とか、火山地帯や氷雪の山で環境が厳しいとか、あまり長いしたいところではない。


「あー。俺も一家で迷宮に潜る予定なんだが、家の居心地が良すぎて拠点が移せねぇ……」

そういえばディノッソはそういう予定だったな。


「迷宮に通うのであれば城塞都市からですな。手頃な宿屋は子連れでの連泊は環境が良くございませんし、月貸しの部屋を借りることになりますか。トイレは共同、もしくは無し。かといって一軒家の空きはほとんど出ず、望む水準の環境のいい宿屋は金五枚は固いかと」

執事が相変わらず博識。


「もう一般的なトイレ事情に耐えられる気がしない」

「ふははは」

大げさにがっくりしてみせるディノッソに笑う俺。城塞都市には行かせないぜ!


 とりあえずカーンの転送円は、ここの作業場にしている三階の隅に置いておくことになった。カーンはレッツェたちのいる貸家の一部屋にしばらく住むことに。リード大丈夫かな?


 ディーンたちもそろそろ帰ってくる頃だ、娼館に居続けしてなければだけど。


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