第220話 学習
「ちょっと先に確認いいか?」
「なんだ?」
話しかけたレッツェに面白がるような視線を向けるカーン。
「精霊なのか人間なのか、どっちだ? 俺はこの三人と違って、ごく一般的な人間なんでね、感覚でわかるってことがねぇんだ」
色々経験則とか推理で言い当てる男が何か言ってる。
「どちらでもないし、どちらでもある、な。俺自身も俺がいったい何なのか答えられん」
そう言って、両手を目の前に持ってくる。手術前の医者か?
「右手は狂う前の『王の枝』」
パキパキとカーンの手のひらと甲から細い白銀の枝が芽を出し、枝分かれして肘のあたりまで伸びてゆく。
「左手は狂った『王の枝』」
右手と同じように、しかし今度は黒い枝が腕を覆う。
白と黒が混ざり合って最強な感じの……いや、混ざったら灰色か。
「『王の枝』の精霊に憑かれ、延命されている元人間としか言えん」
カーンが手を下ろすと同時に、枝が逆回しのように戻って手の中に吸い込まれてゆく。
「『王の枝』が人間に憑く……? 聞いたことがありませんな。精霊は本体があるものは、一時的に人を操ることはあっても憑くことはないと認識しておりましたが?」
執事が不可解そうに言う。
「実際あるんだからしょうがねぇ」
肩を竦めるカーン。
「色は違うがさっきのはミストゥルトウ――ヤドリギだろ。本体が寄生植物だからじゃねぇか?」
レッツェが言う。あの金属質っぽくって色が白だの黒だので、ちらっと見ただけでよくわかるな。
「先祖は『王の枝』を得る旅の途中、冬枯れの木々の枝に常緑を見つけ、枯れぬ緑を願った、とか。それがヤドリギか?」
「ああ。冬の木の枝に常緑の細かな葉をつけた丸いのならばヤドリギだな。この辺りでは幸運を呼ぶ木とされてる」
俺のエクス棒も枝をくれた『精霊の木』とは程遠い。『王の枝』の外見ってある程度望みのままなのか、もしかして?
「そうか、ヤドリギというのか……」
感慨深そうなカーン。
「で? どこの『王の枝』なんだ?」
「エス川の河畔、緑の王国ティルドナイ」
今度はディノッソの質問に答えるカーン。
「砂に埋もれ消えた王国、でございますか。発見の話は終ぞ聞きませぬが、竜の地に伝説の地を探し求めた冒険者が何人かおられますね」
執事が言う。
「お前、そんなところまでコンコン行ったの?」
はい、行きました。レッツェに頷く俺。
ところで、なんで俺はレッツェに口を塞がれてるの? いや、振りほどけないほどじゃないというか、軽く手を当てられてるだけだけど、口を開くなってことだよな?
「お前から説明されるとノートが再起不能になりそうだから、もうちょっと黙ってような」
目で訴えたら答えが返ってきた。ひどい。
「ただ在るだけで魔物を避け、精霊を集める『王の枝』と違って、力を消費せねば魔物を避けることも、精霊を寄せることもできん。契約者のジーンにも俺に何かさせる気はないようだし、ただの人と扱ってくれて構わぬ」
何かさせようとしたら変形や変身でもするんだろうか……?
「ただびととは到底思えぬ気配でございますがな」
「何がどうなったか知らねぇが、のこのこ行ったこれと契約したのか……」
執事とディノッソが言う。
俺だって顎を割りかけるくらいには苦労したんですよ!
カーンが望んだのは街での振る舞いの教授。金や、冒険者ギルドをはじめとした機関の使い方、その他社会情勢。千年以上の隔たりがあるからね!
連れてゆくのはナルアディードの島と悩んだんだけど、本人が冒険者としてあちこち見て歩くって言うのでこっちにした。
島の付近はマリナにある『王の枝』、ナルアディードの『精霊の枝』の効果と、ドラゴンのおかげで魔物はほとんど出ない。
別にドラゴンは人間のために退治しているわけではなく、魔物を餌にしてるだけだけど。
エス川が氾濫する季節は、エス川の精霊の力が強くなるせいか、その周辺にはあんまり姿を見せない。ドラゴン早く見たいな。
カーンはしばらくカヌムで生活して、慣れたらあちこち見て回るそうだ。強さは全く問題なさそうだし、王様やってたし、知識さえあれば世界を歩くのになんの問題もないだろう。
で、俺も一緒に主な国の成り立ちから、旅人が通ってはいけないところとか、勇者のいる国のこととか学習することになった。
仲間だと思ってたカーンはあっさり国名とか覚えやがるし、国同士の問題に対して察しが良すぎ! 実質俺の勉強会……っ!
「もうダメです、休憩お願いします」
前にアッシュと執事にざっくり教えてもらい、昼食を一緒にするたびにちょっと教えてもらってるんだけど、国が多すぎ問題。あと滅ぼされすぎ興りすぎ!
戦争中だと色々物資が足りなくって、旅人を普通に国の兵が襲うそうです。あとやっぱり精霊を酷使してるせいで作物がとれなくなってて、飢えをしのぐために隣の国から奪うという方式らしく、悪循環。
中原絶対行かない!
「今の酒は美味いな」
学習中もずっと酒を飲み続けているカーン。酒豪だ、酒豪。
「ああ、そいつは特にな。ジーンが作ったもんはだいたい美味いんだよ」
そう言うディノッソに片眉を上げてみせるカーン。
「俺はジーンが普通に街で生活していることに驚いている」
「この部屋を普通とするのは危険かと」
執事がカーンに返す。
「快適なのはいいことだろ」
そう答えながら机の上を片付けて、適当に料理を並べる俺。
焼き鳥、ししとうを焼いたの、あさりの酒蒸し、豚耳とセロリの炒め物。そしてちょっとお試しで日本酒。
「説明し忘れてたが、この部屋は異次元だと思ってたほうがいいぞ」
ディノッソ、異次元ってなんだ。なんの仕掛けもない普通の部屋ですよ!
「後日、一般的な部屋をご案内いたしましょう」
「これに慣れるとカヌムから出られなくなるんじゃねぇか?」
俺用にお茶を淹れてくれる執事と、焼き鳥に手を伸ばすレッツェ。
日本酒は好評でした。
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