第178話 俺だけ
結局、腕輪は書類を作ることも、言葉を贈ることもしていないので、ただの贈り物状態。
あっちでアッシュ周辺の人が勘違いを起こしてくれればいいだけなのでいいんだけど。
「はいはい、隠れて隠れて」
青雫と緑円が腕輪から離れて、アッシュの袖に隠れる。
「とりあえず人目がある時は基本隠れているようになってるので、呼び出す時は腕輪に触って――してれば触ってるか。出てくるよう願って」
「む、わかった」
アズが肩から降りて、ちょん、ちょんっと机を飛び歩き首を傾げてアッシュの袖口を覗き込む。
出てきた二匹と合流してちょっと楽しそう。仲良くなれそうで何よりだ。
「時々遊んでやってくれ」
「うむ」
「器物に憑いてる精霊って、そんなに離れられたっけ……?」
ディノッソが訝しむ。
力の強い精霊なら短い時間離れられるが、この強さの精霊だと普通は器物に必ず体の一部がついているような状態が普通だ。
「頼んだからいるだけで、正確には憑いてるわけじゃないから」
アッシュにアズがついてるのと同じことだ。
「俺の常識が!」
なんかディノッソがぶつぶついってる。
「どんな精霊なんだ?」
「親指ほどの青い衣の女児と、黄緑色の小さな丸い精霊だ。どちらも可愛らしい」
「へぇ」
レッツェの質問にアッシュが答える。
「ほう、では黄緑色の精霊は力をつけると大きくなるのではなく、増えるタイプかもしれませぬな」
執事が復活した。
「ああ、黄緑色は増えたから一匹は俺のところにいる。離れていても意思疎通できるみたいだから、危なくなったら知らせが来るはずだ」
火の粉の精霊と同じように、増えやすく消えやすく、そして強くないけど集団にはなれるタイプの精霊。
人間や動物の姿をしたやつは個体で強くなって、形が簡単なものほど増える傾向が強い。ルフ国時代の精霊学の本では原初の精霊とかに分類されてる。
「姿がわかると能力も類推できて便利だな」
「色で属性くらいはわかるけどな。自分の精霊以外は大抵光の玉にしか見えねぇし、頭がいいやつは偽装しやがるからな」
興味深そうにいうレッツェにディノッソが答える。
「え?」
「ん?」
待て、光の玉?
「……」
「……」
「……」
沈黙が落ちる。
「アッシュって、ディーンが頭に花をつけてるの見えたんだよな?」
「ああ、他人に使われた精霊の持続性のある
相変わらず無口なのに聞いたことには答えてくれる。なんか王都の観光案内を思い出して懐かしくなる俺。
「ディーンの妹殿に憑いていた精霊は自己主張するタイプだった――ディーンの妹殿と妹殿に憑いた精霊が、本当に悪気なく力をばらまいていたのだと判断した
なるほど。精霊の影響とはいえ、処分が甘いんじゃないかと思ってたけど、わざとじゃないのがわかってたからというのもあるのか。隠してたら悪質だってジャッジが降って、処分が厳しくなった可能性があるのか。
今では俺も精霊が気ままに色々やらかすのを知っているので、ちょっと納得。
「……ということは、俺だけ。あの苦しみを味わってたのは俺だけなのか……っ!」
机に突っ伏す俺。
クリスの顎精霊とかディーンの臭い精霊とか、リードの馬マッチョ精霊とか! そりゃ光の玉が近くにいるだけとか、飛んでるだけならそんなに気にならないだろうさ!!!!!
リードについていたのは頭に角のある
そうか、俺だけか。
「まあ、見えるなりの悩みもあるよな。便利だなんて言って悪かったよ」
ぽんぽんと突っ伏した俺の頭を叩くレッツェ。
「む」
アッシュは参戦しなくてもいいというか、両方からぽんぽんされると餅つきみたいだからやめろ。
そして何か誤解を産んだ気がする。
「ああ、そうだ。よかったらそこの包みも持ってけ」
「なんでございますかな?」
「アッシュの服」
夏だし、またサイズが合わなくなっている。胸はないがちゃんと
「
「それは旅に重宝いたしますな」
アッシュの服の管理は執事である。
カヌムの服屋は下着の類はともかく、古着屋が主で城塞都市とかから回されてくる。下着類も普通は家庭で縫うらしいのだが、ここは独り身男の冒険者が多いので縫ってくれるところもある。仕立て屋もあるけど、生地自体あまりいいものはない。
そういうわけで下着以外は俺が有料で承ってます。最近は生地が普通でも怪しい服ができるので、作業場所はカヌムが多い。シヴァと並んでよもやま話しながら縫っていることもある。ティナも隣で刺繍を習っていたり、穏やかな家庭の雰囲気を楽しませてもらっている。
「あの馬……第二王子殿下には、お母上に似てお美しくなったお嬢様を見てどんな反応をされるか」
なんか執事が笑顔で黒い。
あと、綺麗だけど胸はない。どちらかというと女性に騒がれそうですよ? 執事って実はアッシュのことになると結構判断力低下する?
「目立って帰り辛くなると困るんじゃないのか?」
レッツェが軽く引きながら突っ込む。
「……そうでございました。お嬢様の評価を回復をしたい気持ちが――難しいものですな」
小さなため息をつく執事。
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