第177話 銀の花

 久しぶりにアッシュ、執事、ディノッソ、レッツェで昼。クリスとディーンはリードに冒険者ギルドに連行されている。出発間際なのに、いや間際だからこそ精力的に動いている弟君。


 ディーンは俺に剣代払うために真面目に依頼をこなしているんだそうな。あとでトンカツでも差し入れてやろう。


「これ美味いな。パン、厚切りにできねぇ?」

「できるけど」

羽根ペンに使った鷲鴨わしがものレバーのリエットを薄切りでかりっとさせたパンに添えて出したのだが、ディノッソはあっという間に平らげてこれである。


「俺も」

「む、私も食べたいがこれ以降もあるしな」

「ジーン様の焼かれるパンは美味しゅうございます」


 お前らもか! うまそうに食ってくれるんでいいんだけど。


「全部美味いけど、しばらく食えなくって食いたくなったのはパンなんだよなあ」

「パンもそうだが、俺はコーヒーもだな」

レッツェのコーヒーはコーヒー故なきもする。どうやらリードがいる間、コーヒーを淹れることを控えているようだ。


 レッツェにリクエストされた厚焼き卵、生ハムとチーズ、イワシの酢漬け。サラダはクレソンをウニとバターで炒めたもの。


「これ俺もチャレンジしたけど、いまいち綺麗にまとまんねぇし、味も違うんだよな。なんか卵以外入ってるのか?」

「鰹っていう魚と昆布って海藻の出汁が入ってる」

レッツェはどうやら出汁の味が好きな模様。和食増やそう、和食。


「この酒と交互に頂くのがたまりません」

執事のリクエストの牡蠣のグラタン。


 まだ草をはまず、ミルクだけを飲んでいた仔牛の胸腺スウィートブレッドの串焼き。そして肉をもう一丁、ディノッソのリクエストのラムチョップの香草焼き。


「なんだろうな、香草の匂いじゃなくって、肉自体のいい匂いなんだよな。臭くねぇし」 

食料庫の素材がいいんだよ。


 最後はショートケーキと紅茶、ケーキは生クリームたっぷりで上に乗せる苺も増量。あんまりやるとバランス崩れるのでほどほどに。


 嬉しそうなアッシュを見ながら紅茶を飲む。他の男どもは執事が淹れたコーヒー。


「コーヒーもなんかここで淹れてもらった方が美味いんだよな」

レッツェがぼやく。それは家から持ってきた水を使ってるからです。


「さて、美味い飯を食わせてもらったところで本題だ。明日出発だろう?」

皿を片付け、コーヒーと紅茶のおかわりを淹れたところでディノッソが言う。


「またなんかやらかしてそうな気がする」

「大丈夫だ、今回は条件をつけた」

説明を聞いたらしいレッツェの心配を、ディノッソが否定する。


「じゃあこれ」

そっとアッシュに差し出す中央にスピネルを包んだ銀の花。


「なんだ?」

「腕輪ではございませんので?」

不審げなディノッソと執事。


 あれから腕輪はまとまって形が変わり、手首に近づけて腕輪としてつけようとすると伸びるという芸を見せた。


「綺麗な――腕輪だ」

アッシュの手に渡ると、氷が溶けて流れ出すように銀が崩れて流れ、手首に絡む。それに合わせて姿を現す二体の精霊。


「美しい」

見とれてつぶやくアッシュ。デザインはどうやら及第点のようだ。


「……いやいやいや?」

固まったままディノッソが口だけ動かす。


「なんだ? 水銀じゃねぇよな?」

「坑道で一緒に拾ってきた魔銀を使用しました」

レッツェに答える俺。


「ディノッソ様……?」

執事がディノッソに顔をゆっくり向ける。


「俺!? 俺のせい!? と言うか、それ本当に魔銀なの!?」

なんか一人でパニック気味なディノッソ。


「使ったのは魔銀ですよ、魔銀」

「使ったのは?」

「……」

顔を背ける俺。


 レッツェが流してくれない!


「おい!」

立ち上がったディノッソからさらに顔を背ける俺。使ったのは魔銀ですよ、完成後に【鑑定】したら精霊銀とかになってたけど。なんか効果もアップしてたのだが、やっぱり精霊を憑けたたせいだろうか。


 いやでも、流れ出したのは精霊くっつける前だよな?


「この小さな腕輪に精霊が二体も……そのせいでしょうか?」

困惑する執事。


「精霊の影響を強く受けた魔銀って精霊銀じゃなかったか? 精霊がいるならなってんじゃねぇか?」

だからレッツェは見えないのに言い当てるのはやめてください。


「あ。そうか、しまっといた箱にやたら精霊がたかってた!」

なるほど。


 あの坑道で取れる魔銀にいろんな効果があるなら、もっと色々精霊剣とか出回ってるはずだしな。なるほど、なるほど。


「ハエみたいに言うなよ! 材料全部俺が用意すればよかった……っ!」

机につっぷすディノッソ。事故なんで許してください。


「それでも精霊が二体というのはあり得ない気がするのだが」

「あ、それ暇そうだったから腕輪の持ち主守るように頼んだ。青い方が青雫、緑の方が緑円という名前だ」

考え込んでいるアッシュに答える。


「頼むな! そして精霊もそんな軽い感じで宿るな!」

がばっと身を起こしてディノッソが叫ぶ。


「頼んで宿るもの――なのでしょうか?」

執事がつぶやく。


「なんかノート、遠い目してるけど大丈夫か?」

「大丈夫ではございません」

大丈夫じゃない返事が来た。


「お前、俺は見えねぇからあんまピンとこないけど、気軽に精霊を物に宿らせることができるのバレたらかなりやばいんじゃないのか? 権力者からその辺の冒険者、いや、冒険者以外からも頼まれるだろ?」


「う……。隠します」

特定の人々からじゃなく、その辺の人にまで迫られるのはさすがに嫌だ。


「幸い精霊関係の知識がある貴族階級ほど見えなくなってるし、市民も見えねぇのがほとんどだ。大丈夫だとは思うけど万一バレたら、時間とか法外な値段の触媒とか色々かかるってごまかしとけ」


「はい」

レッツェの言うことを素直に聞く俺。


 作業は家でしかしないだろうし、俺と直接話したことがなければ、結びつけることができないので平気だとは思うけど、用心に越したことはない。気をつけよう。


「ディノッソ殿とノートが元に戻らないのだが、大丈夫だろうか?」

うめいているディノッソと微動だにしない執事を見て、心配そうに言うアッシュ。

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