第176話 制約の中で

「ジーンは本気で作るなよ? そういうのは本番にとっとけ。どうせ一緒に買いに行くんじゃなくって、作るつもりなんだろう?」

どんなのを作るか考えていたら、ディノッソに釘を刺された。


 そうか、好みに合わないものは困るな。なるほど、一緒に選びにゆくということもできるのか、学習した。さすが既婚者。


「私は宝飾品に疎い。ジーンの好みで選んでもらった方が嬉しいのだが……」

む、ただし人によるのか。

 

「お前に任せると規格外になりそうだからな。魔石は俺の手持ちから用意してやるよ、あとで選べ。お前が作るとどうせ目立つ、魔銀以外は使用禁止な」

「妥当でございますな。そちらで目立ちすぎて戻れなくなっても困りますので……」


 制限つき! まあ、カヌムでは目立たないこと目指してるしな。島の方はどの辺まで目立って平気か実験しているところもある。


 その後、アッシュと一緒にディノッソの出した魔石から使う石を選んだ。アッシュが選んだのは小指の先ほどのスピネルの紫。スピネルは魔力に反応する石として、魔術師とかがよく身につける。様々な色があるのだが、レッドスピネルが人気でお高い。


「これでいいのか? スピネルなら赤の方が良くないか?」

赤は力を引き出しやすく、火伏ひぶせの護符になることで有名だ。


「うむ。これがいい」

紫系が好きなのかな?


「あー。カラーチェンジがありゃよかったな」

ディノッソが言う。


「カラーチェンジ?」

「スピネルのカラーチェンジには、日光では明るい灰青色、蝋燭の明かりじゃ紫に変わるっつーのがあんのよ。珍しいし高けぇけど。ちとお前の目の色にしては紫が明るいかもしんねぇけど」

ディノッソの目が俺に鈍い鈍すぎると言っている。


 青灰色はアッシュの色、俺の瞳はアッシュが今選んだ魔石と同じ紫紺。


 が、日本人の濃いこげ茶のイメージの方が強いんだよ!!!! 俺が鈍いわけじゃないぞ! たぶん。


 俺が捕まらなかったせいですでに出発が近い。慌てて作業部屋にこもってコンコン――いや待て、俺は彫金やったことない!


 とりあえずナルアディードに飛んで、色んな宝飾店を見て回り、さらに工房に回る。金を払って見学中。


 球形は特別として、こっちの石って台座についてる裏側は平なのがほとんどで、そうじゃないのはちょっとだけ。


「おう、珍しいだろ。そりゃ、お日様の下じゃあんまりわからねぇが、蝋燭の明かりだと輝き方がすげぇぜ。シュルムの勇者様が考えた夜会で人気のカットだ」


 こんなところで姉たちゆうしゃの痕跡発見。どうやら俺のカバンと同じく、宝石のカットの種類を数点商業ギルドに登録したらしい。やつらに金が流れるかと思うと少々抵抗があるので、今後このカットを使うのは回避しよう。もっと衛生面の文化広げろ、衛生面!


 そう思いながら彫金師の仕事を見学、一日は学習に費やした。


 翌日の今日は道具を揃え、もらってきたスピネルと作業台に並べられた色違いの魔銀とにらめっこ。


 金属には精霊や魔物の影響で色が変わるものがある。金は、白金やピンクゴールドなど全体的に色が変わるのだが、銀は光と陰の境の影が濃い部分にほんのり色が乗る程度に変わる。


 さて、何色を使おう? 各色揃った魔銀のそばにそれぞれの属性の精霊が近寄り、持ち上げようとしたり頬ずりしたり好きなことをしている。


 スピネルが紫だと青系かな? アッシュも水属性とは相性がいいし。光の加減で青みを帯びる魔銀を引き寄せ、上で寝ていた精霊がずり落ちたのを気にせず、スピネルと合わせて色味を見る。


 どんなデザインがいいだろう? あまり邪魔にならず、それなりに目立たないといけない。決まった相手がいるということをそっとアピールするためのものだ。


 自然と色味は抑えられるから形を華やかに? アッシュの第一印象は……いや、これは怒られるから忘れよう。アッシュの印象は清廉な水、でも静か。小さな花をつけるつる草みたいにしなやか。素材を眺めつつ、デザインをスケッチしようと思っていたのだがさて?


 どう形にしようか迷いつつ、たがねを打つ小さなハンマーで魔銀を軽く叩く。


 だばっとね。


 いや、いきなり潰れて水みたいに流れ出してですね。なんでだ、精霊か。ぼんやりしたイメージをそのまま形にしてくれるのはありがたい。ありがたいけどびっくりした。


 さらに叩くと何故か緑を帯びた魔銀も一筋の流れを作って混ざってきた。滑らかに流れる魔銀がつる草と水の流れを合わせたような模様を作りながら伸びて、スピネルを飲み込む。小さな葉の形をしたものがスピネルを支える腕輪ができた。


 邪魔にならない程度に立体的で、滑らかに繊細な模様の腕輪。というか流れてるし。おい、この腕輪、模様が変わるぞ!


 魔銀にくっついて遊んでいた小さな精霊が二匹、くるくると回って喜んでいる。


 効果的には指を切ったら一日で治る程度の治癒、弱いが抗毒。そして魔力増幅。前二つが魔銀の効果で、魔力増幅がスピネルかな?


 何事もなければわかる効果じゃないからいいよな? いいはずだ。


「お前たちこの腕輪に憑いて、いざという時だけでいいから持ち主を助けてくれないか?」

魔力が増加するならこの二匹くらいなら憑けて大丈夫だろう。


 手のひらに乗るサイズのツユクサのような青い服を着た人型の精霊と、薄緑色のマルスグリみたいな精霊に頼んでみる。


 敬礼する人型と、了解したというようにポムポムと跳ねる丸いやつ。一匹ずつそっと手で包んで、お礼のつもりで魔力を分けながら名付ける。


 青い人型には青雫あおしずく、薄緑色の丸い精霊には緑円りょくえんと付けた。名付けについてはもう諦めてほしい。


 だって印象のままにツユクサとかつけたとして、ツユクサの精霊もどこかにいるんだぞ? ずいぶん以前に色が黄色いからってコーンってつけて後悔済みなのだ。


 青雫はなんかミニスカがドレスに、緑円は二つに増えた。二つで一つなのかな? 精霊は色々謎だ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る