第179話 浮上

 なにごともなくアッシュを見送って三日。


 カヌムの家で回復薬を作ってはごろごろ、魔石を加工しては大福にもちもちさせてもらって癒され日々を過ごす。


 大福って、大きさから考えるとディノッソのドラゴンより高位の精霊なんだな。丸まったサイズで大体同じくらいの印象だし。攻撃タイプではないので強い強くないはわからんけども。


 俺の親しい誰かと契約してくれると嬉しいけど、どうだろう? 姿をちょいちょい見せているようだし、レッツェには尻を向けていた――信頼の証っぽい――し、まんざらではないと思うんだが。


 レッツェ曰く、もう執事が根回し済みだそうでアッシュは心配ないらしい。王家が公爵家に逆らえない状態とか怖いことをさらっと言っていたそうだ。なお、俺とアッシュにはわざと言わなかった模様。おのれ!


 そう聞いても親しくなった人が外的事情で離れてゆくのはどうにもトラウマが刺激されて気分が低下する。今回、事情に姉はからまないけど。あの時は友達の方が俺以外に無視され散々な目に遭っていた、親が引っ越しを選んだのも仕方がない。――申し訳ない、むしろヤツの方がトラウマだろう。


 いかん、せめて外で作業しよう。引きこもりはヤメだ。


 そういうわけで、家に一旦戻ってリシュを連れて森の家。外壁はだいぶ出来上がってきている。腰のあたりまでは石積みで、その上は焦げ茶色の柱と白い漆喰の壁になる予定。漆喰は最後で屋根にかかろう。


 屋根はスレート瓦。一定方向を叩くと簡単に薄く割れる石があって、それを瓦替わりにしているかんじ。こっちではけっこう使われている地域が多い。


 ただ天然石の中には水がしみてくるものもあって、雨が少ない地域ならではだ。雨が降ったとしてもすぐに流れ落ちるように屋根の角度は急勾配きゅうこうばい


 しみてきてもすぐ乾くように余計なもので塞がない方向らしく、屋根裏にあがると木材の隙間から瓦が見えるのが普通なんだけど、ここはちょっと寒いし雪も降るので屋根裏には手を入れる予定。


 普通の瓦か銅板きにするのが一番楽なんだろうけど、見た目がね! 柱やはりも完璧な角材じゃなくって、ゆがんでいるようなものをわざと選んだし。もちろん荷重や丈夫さは考慮した上で、さらに一回り太いのに変えたりした。


 石同士もところどころカスガイ入れてる元地震の国の住人です。こっちに倣って岩盤に当たるまでほって、そこから壁作ったけどちょっとどきどきするね! 岩盤に当たらなかった時にする土台を広くとるのと併用したよ! 


 作業しながら家のことを考えていたら随分気分が上向いた。今なら必要とされれば助けに行ける力があるし、いざとなったら全員連れて逃げられる。頑張れば国ごと潰せる気もする。


 よしよし、前向き、前向き。


「リシュ、お昼にしようか」

蝶を追って結界内を走り回ることに飽きて、エクス棒をがじがじしていたリシュを呼ぶ。


 リシュに水と肉、俺はバゲットサンドとコーヒー。ふわふわ卵サンドとかだと食パンやバターロールで作る方が好きだけど、今日はローストビーフとカマンベールチーズ、野菜はトマトとルッコラと玉ねぎ。


 ローストビーフが入ると豪華に感じるし、ルッコラのちょっと癖のある苦さと玉ねぎの食感がいいかんじ。エビとアボカドのバゲットサンドもいいし、鯖サンドもいい。バゲットはたくさん焼いたから色々作ろう。


 昼の後は森のさらに奥で戦闘、ここまでくると俺の知っている動物の姿は少ない。物理以外の攻撃をしてくるモノもいる。


 青い火を吐く獣、毒の霧を撒きながら咆哮する獣。


 踏み込み、斬りはらい、避け、必要ならば精霊に助力を頼む。――だいぶ狩ることにも慣れた。そろそろリシュと一緒に来てもいいかな? ついて来たがったらの話だけど。


 魔物を倒した方が力にはなるんだと思うけど、でもあまり倒しすぎると魔物の心に引っ張られて狂うって言われてるしな。多分黒い精霊を取り込みすぎると、ってことなのだろう。


 【精神耐性】が俺にあってリシュにないとは思えないが、どうなんだろうか。


 そろそろ物理があまり効かない敵との戦闘も真面目に考えよう。そう思いつつもなかなか踏み出せないのは、西も北も人型の敵が多いから。【精神耐性】あるけど、人型大丈夫かな俺。


 耐性はあっても平気になるわけじゃない。精霊や魔法で心に侵食を受けたりはしないし、折れることはないけど、痛む。まあ、過去の記憶から浮上するのは早くなったかな。


 五、六匹倒したところで気を鎮める。周囲に襲ってくるような魔物の気配はない。


「エクス棒!」

【収納】からずさっと取り出す。


「あいあいさー!」

名前を呼んだことにあまり意味はないのだが、ノリのいいエクス棒は元気よく答えてくれる。


「この辺りの探索といこう」

「おうよ!」


 エクス棒で木の根元の草をがさがさやったり、ウロの深さを測ったり。森の奥に進むほど、気候と環境が狂った場所が多くなる。今いる場所はブルーベリーがなっているので夏の森、季節がひと月、ふた月、早い気がする。


 野生のブルーベリー摘みはなかなか大変、なにせ丈がくるぶしくらいから膝下くらいまでしかない。エクス棒でなるべくたくさんなっている場所を探しつつ、中腰で摘んでゆく。


 腰が固まりそう……。魔物と戦うよりきついんですが、どうしたら。エクス棒は笑ってるし。

 

 日が差す場所で一休みしようとしたら、今度はラズベリーを発見。ラズベリーが生えるのは、こんな風に倒木とかで森のひらけた場所だ。でもちょっと摘むのは休憩してから。


 倒れた木をエクス棒でつついて崩れないのを確かめ、腰をかける。まずお盆を出して、その上に紅茶とフロランタンを配置。フロランタンはクッキー生地にキャラメルでコーティングしたナッツ類をのせて焼き上げた菓子だ。今回はアーモンドにかぼちゃの種を混ぜてみた。


 運動もしたし、労働もした。日の差す森で午後のお茶、幸せだ。

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