第452話 乾杯を
「やあ、ジーン! 来ていたのかい」
「おう、ちと荷物置いて来る」
「おかえり」
クリスとレッツェが帰って来た。
レッツェは顔だけ覗かせて、階段を上がってゆき、クリスは身軽らしく、そのまま俺たちのいる居間へ。
そしてあからさまにホッとした顔のハウロンを目撃。大賢者、それでいいの?
「あ、ジーン!」
「うん?」
クリスが俺に何か伝えたいことがありそう。何だろう?
「エリチカの赤かぶれ、無事収まったそうだよ!」
クリスがキラキラしながら腕を広げて発表。
「おお、よかった」
バタバタして忘れ気味だったけど、クリスたちが一時避難したエリチカでは少し前に熱かぶれが流行ってたんだった。
収まったのなら、ハウロンに袋いっぱいのダンゴムシと間違えられながら、隠れ赤トカゲを捕まえた甲斐があった。
「夕飯は?」
いそいそとスパークリングの白を出す。お祝い、お祝い。
「食べたけど、ジーンの料理ならまだ入るとも!」
クリスが嬉しそうに笑って席に着く。
それを合図に机に料理を並べる。鴨のロースト、タラバガニっぽいカニ――ヤドカリ?――のバター焼き、クリームチーズをスモークサーモンで巻いたもの、ミニトマトとアボカドの柚子胡椒マリネ、薄切りバゲットにディップ各種。
「相変わらず美味しそうだね。それに美しい」
クリスが褒めてくれるが、綺麗なのは彩だろう。
こっちの料理の印象は薄茶とか茶色とかだし。野菜は色が変わるまで煮込みまくるし。
「なんだ、結局宴会か」
下りて来たレッツェがそう言いながら席につく。
「温度差、温度差がひどくない?」
ハウロンが微妙な顔でのそのそと机のそばの椅子に移動。カーンも暖炉の方を向いていた体をこちらに向けた。
「ひどくない、ひどくない」
背が高くて細長いシャンパンフルートグラスに冷えた酒を注ぐ。薄い金色に炭酸の気泡が弾けて綺麗だ。
「エリチカの熱かぶれ収束を祝って」
グラスが行き渡ったところで、自分の分を顔まで掲げて乾杯。
「乾杯!」
「ああ、なるほど。乾杯」
クリスとレッツェ。
「……乾杯」
「……乾杯」
喜ばしいけど何か納得いかないみたいな、微妙なテンションのカーンとハウロン。
「バターがいい匂いだな? エビではない何かだってことしかわからねぇが」
「カニですカニ」
タラバはヤドカリだけど便宜上。
「川のカニは魔物化してもそう大きなものは出ないものね。北の大地の一部にはいるけれど」
ハウロンが言う。
北の大地に行くなら、その手前に海があると思います。
【鑑定】にはタラバの仲間ってでる。タラバよりも弾力があって、身がプリプリして焼くと風味が増して美味しい。大ぶりなカニで、太い足はティナの腕くらいある。
その太い足をバターを落として、出来上がりにちょっとヘラで強めに押さえて焼いた。表面のオレンジよりの赤が割れて、繊維のような白い身がのぞいている。口に入れると少し香ばしいような匂いが広がり、バターが後をおってくる。
「はー。このサーモンも美味しいし、カニも美味しい。夕食を食べた後でも別腹だよ」
机にグラスを戻して言うクリス。
クリスはカヌムのずっと西、大陸を超えたところにある海に囲まれた島の生まれだそうだ。海の食材は懐かしくも嬉しいもので、好物も多いみたい。
「こっちのジーン推しの野菜の酢漬けも美味いぞ」
レッツェが食べているのはマリネ。
濃い緑と薄い緑のキュウリとアボカド、黄色と赤のミニトマト、モッツァレラチーズで彩りよく、柚子胡椒を加えてピリッとしつつあっさりマリネ。
「珍しいお酒に透明度の高いガラス、珍しい食材。ええ、珍しい食材……」
机に突っ伏すハウロン。
「おいどうした? ジーン、何を話した?」
レッツェ、なんで俺が何か話したって思うんだ? まあ話したけど。
「拾って来た肉を食っていいかどうかのジャッジをお願いしてるんだ」
「拾い食いは止めとけ、病気持ちかもしれんぞ。って、絶対それだけじゃないだろう? ――何の肉だ?」
追求してくるレッツェ。
「二匹が喧嘩してて相打ちになったとこ見届けたやつだから、病気は平気」
拾ったのは確かだけど、拾い食いって言われると微妙です!
「ああ、そりゃラッキーだったな」
はい、漁夫の利です。
「うん。あと【鑑定】できるんで、ソーセージの腹壊すやつとかも見分けられるぞ」
牡蠣にノロウィルスがいるかどうかも分かる優れもの。
「……【鑑定】」
カーンが呟いて眉毛をピクッと。
「で? 何の肉だ?」
レッツェが聞いてくる。
「ドラゴン」
外側は黒っぽいのとこの茹で上がったカニみたいな色のです。
「うん? 何の肉だって?」
「ドラゴン」
聞き返してきたレッツェにもう一度答える俺。
「……」
「ドラゴン」
レッツェが額に手を当てて黙った。
「ジーン、ドラゴンって南の大陸のあれかい?」
「うん。そのドラゴン」
クリスがおっかなびっくり尋ねてくるのに答える。
「――ドラゴンを見に行くとは聞いたが、拾ってくるとは聞いてねぇ。と言うか、何で食う話に?」
深いため息をついてから、レッツェが俺を見る。
「【鑑定】が美味しいって言ってきたし、ドラゴンステーキ憧れるだろ?」
「考えたこともないよ!」
びっくり顔のクリス、相変わらずオーバー。
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