第24話 目覚め
「大丈夫か?」
身動きした丸太――じゃない、アッシュに声をかける。
ミシュトが今日の夕方ごろと言っていたので目覚めるのを待っていた。アズと遊んでいたともいう。
ミシュトの見立て通り、日が落ちる頃にアッシュは目を覚ました。
「礼を言う」
俺がいることに少々驚いたようだが、周囲を見回し俺の手の中にいるアズを見て、自分がどうしたか思い出したようだ。
「動けそう? 痛むところは」
「む。大丈夫なようだが、少々背中が痛いようだ」
ベッドの上で半身を起こして、腕を動かし軽いストレッチをするアッシュ。背中が痛いのか時々眉間のシワが深くなる。
「背中はずっと寝てたからじゃないか?」
微動だにしないで丸太のように。胸が上下してなかったら生きてるか疑うところだった。
「ずっと? そういえば朝、いや夕方か」
「三日目です」
一日じゃないんだなこれが。
「それは……。迷惑をかけた」
しゅんとするとますます眉間にシワがよって怖い顔。この怖い顔でしゅんとしてるのがわかるようになった自分にびっくりだが。
「いや、ベッドに寝せておいただけだし。外に出てるから着替えたらどうだ? あと何か食えそうか?」
「そうさせてもらう。腹は――減っているか減っていないかわからないな」
「ずっと絶食状態だったからかな? スープを用意してくるから。そこの水は飲料用だから好きに飲んで」
机の上の水差しを視線で指して、アズをアッシュのわきにおいて部屋を出る。
水は家から汲んできた煮沸しなくても飲める水だ。ちょっとお高い宿屋だと顔を洗うための水差しもあるので注意が必要なのだ。
一階に降りて、皿の用意。一応、ベッドでも食べられるようにトレイに乗せるか。作業部屋の暖炉に置いておいたスープをタオルで包むように壺ごと持ち出す。
鍋にかけるのではなく、取ってのついた壺に入れて暖炉の壁に寄せておいただけだが、ゆっくりじっくり温められたスープは野菜が美味しくなる。コンソメと骨つきの鶏が出汁で、あとは塩胡椒だけの優しい味だ。
煮込み料理は断然楽だな。暖炉は火の管理はあるけど、消えてもしばらくは石が溜め込んだ熱で暖かいし。
ドアをノック、返事を待ってドアを開ける。トレイを支えながらドアノブを回して、足で開ける。両手がふさがり気味なんで勘弁してもらおう。
アッシュは椅子に座って机の上のアズを指先でくすぐっていた。アズのことも話さないといけないけど、明日でいいだろう。
トレイを机の上に置いて、深皿にスープを盛る。
「どうぞ」
アッシュの方にトレイを寄せて、向かいに座る俺。
「いい匂いだ、急に腹が減ったようだ。遠慮なく頂く」
待て。
眉間のシワが消えたら美形が出たぞ!? 誰だ!? 無表情気味だけど。美女じゃなくて美青年だけど。これはピンク頭とか女性がほっとかないんじゃないだろうか。
「騙されてベッドに連れ込まれるなよ?」
うまそうに食っているアッシュを見て思わず口からこぼれる。
ピタッとスプーンを止めて一拍後、首をかしげる。
「私はジーン殿に騙されていたのだろうか?」
今度は俺が固まった。
「騙してないからセーフで頼む」
「うむ」
何事もなかったように再びスプーンを動かすアッシュ。
セーフにしてもらったけど、男の家に外泊は公爵令嬢的にはアウトだろうか。見かけと話し方のせいですごく混乱する。
本人の話だと、軍属で魔物相手の実戦にも出ているそうで、着替えや部屋の整頓、野営くらいは自分でできるそうだ。ただちょっと貴族の生活と軍の生活の両極端でズレている自覚はあるとのこと。最後の野営でズレっぷりがちょっと想像ついた。
あと男扱いも普通だって。まあ、レオンと呼ばれてたようだし、眉間のシワが常駐している時は近づきたくない感じの強面だった。
「眉間のシワがなくなってるな」
「そうか?」
「頭痛がなくなってスッキリした。あの痛みは共にありすぎて解放されて初めて苦痛だったのだと――改めて感謝する」
アッシュが膝に手を置いて頭を下げてくる。
「いや、こっちも精霊に興味があったし」
正確には術で縛られた精霊がどんなものか知りたかったのだが。
「スープはここに置いておくんで、食べられるようならお代わりどうぞ」
あまり人が食べるのを見ているのもどうかと思い、席を離れてこの部屋の暖炉に薪を足しにゆく。ここにスープ壺おいとけばよかったな。
「朝は普通の食事で大丈夫そうか?」
「ああ。泊まってかまわんのかね?」
火挟で薪の位置を調整しながら聞くと、返事が疑問付きで返ってきた。
「夜に放り出すほどひどくないぞ」
アッシュの寝ている時も伸びていた背が少し丸まっている。三日寝っぱなしだったからか、突然精霊から解放されたせいかどっちかはわからないけど、本調子ではなさそうだ。
「すまぬ」
「この部屋、鍵がかかるようにしてあるから安心して過ごしてくれ。動けるようなら風呂を準備するけど?」
アズ用の水を行儀悪く窓から中庭に捨てて、水皿に新しい水を注ぐ。水差しの水がけっこう減ってるので、アッシュが飲んだんだろう。
「入りたいのはやまやまだが……。タオルと湯をいただけるだろうか」
ああ、やっぱり動くのも面倒な状態か。椅子に座らず、ベッドにいればよかったのに。
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