第68話 馬

 俺が材木を買ってる町は例外として、基本こっちの建物は壁を石でつくり、建物は壁で自立させている。


「……っつ」

「どの精霊よりも強大」


 柱やはりはない。屋根はその石の壁のうえに木造のものを乗せるだけ。屋根だけでも相当な重さで、上から押さえているような形になるのかな?


「……っつ」

「どの精霊より自由」


 アーチ構造とか上からの荷重には強いけど、下から突き上げる地震がきたら危ないことこの上ない。


「……っつ」

「その声は世界の隅々まで届き」


 城や砦のように使ってる石がでかいならまた話は違うけど、一般の家に不安を感じる日本人です。


「……っつ」

「風の使徒を名乗る人間を蹂躙し」


 ただ、いいこともあって、木造は火に弱く鉄筋コンクリートは経年で劣化するが、石や漆喰は火に強い。空気中の二酸化炭素を吸収して再結晶化、石灰石に戻ってゆく漆喰は思ったより丈夫。


「……っつ」

「この森を守った」


 そういうわけで通し柱と梁を採用しつつ、壁は石積みと漆喰。共振を防ぐために石はあえて不揃いの方がいいだろう。


「……っつ」

「それが何というお姿に」


 あれ、石垣とか固めずある程度動いた方が揺れを吸収するんだっけ?


「……っつ」

「一年ほど前、微かな気配さえも消え去りこの世から消えたと」


 ってそれはリシュが俺の家に来たからではないだろうか。あと風の使徒ってなんだ。この大陸の東にしか森がなくって平原か禿山なのに関係してるんだろうか。


 ずっとリシュを讃え、今の姿を残念がる話が続いていたので絶賛スルーしていたのだが、なんかこの地の成り立ちぽいことを話し始めたぞこのユキヒョウ。


 リシュは相変わらず我関せずで枝の皮をぐ遊びをしている。


「風の使徒って?」

「……っつ」

「前代の勇者と名乗る者の取り巻き」


 ろくなことしないな勇者!!!! 


「……っつ」

「緑を司るカダルの力を剥ぎ」


「……っつ」

「水を走る乗り物を作った」


 水を走る……。船か? ナルアディードの港の光景が脳裏に浮かぶ。前代勇者ごめん、俺も普通に恩恵にあずかってます、はい。


「すまん。たぶんその乗り物、俺も便利に使っている」

思わずリシュの胸と腹を両手でもふる。リシュに嫌われたらどうしていいかわからない。


「……っつ」

「程度の問題だ」


「……っつ」

「今でも西の地に森は戻らない」

ああ、今の中原もその先も草原だな。その割に古い家は木の柱も多くて不思議だったのだが、昔はあそこも森だったのか。


「今代の召喚主は光の精霊と聞くが、平穏とは程遠い。様子を見に行った途端、今代勇者の魔法に無理やり力を吸い上げられこのザマだ」

馬がいって自嘲するように鼻をならす。


「――感謝する。お前のお陰で同族喰いに堕ちずに済んだ」

目があうと目をそらして礼を言ってくる馬。


「それはこの二匹に言え、俺はこの場所をもらっている」

もともとリシュの縄張りだったっぽいけど。


「あの場所には厄介なモノがいる。高位精霊で欠損もないのに何が不足か同族喰いだ。まだ弱いが勇者に守られている、近づくべきではない。勇者はお前よりも強いぞ」

忠告してくる馬。


「絶対近づかないから安心してくれ」


 馬が一番意思疎通できるのだが、あいにくリシュのことには詳しくなかった。ユキヒョウはずっと半泣きで褒め称えてるだけだし、鹿は論外。


 馬の肩の溶けたところは少し盛り上がって埋まってきている。回復しているようで何よりだ。ちなみに馬、黒く染まる前は真っ白だったそうだ。


「お前、力の大半と一緒に記憶も失ったのか?」

地図の仕組みもよくわからないが、リシュがどこまで覚えているかもわからない。


 光の玉が召喚して俺が巻き込まれたのは、リシュが小さくなってからのはずだし。いきなり記憶が戻って家出されたら寂しい。


 午後の作業を早めに終わらせて、家に戻る。決してユキヒョウの話が堂々巡りで飽きたわけではない。その前に馬が止めてくれたし。


 散歩中に見つけた山の中でも平らな場所に畑を作って、こっちの世界のジャガイモを植えるつもりなのだ。春と秋が植える季節、なるべく大きな種芋を選んで買ってきた。サツマイモっぽい色でちょっと不安になるけど。


 種芋を半分に切って、断面に灰をペタッとつけて畝に埋めてゆく。まだ成長促進の粉は取ってあるけど、これは普通に育てる。一年近くこの世界にいて、あるものとないものがなんとなく分かってきた。


 あるものでも、食物として認識されていないものも多数。【鑑定】で俺の知ってる野菜ならば、原種がわかる。食料庫のものはこの敷地内でしか育たないし、原種をあちこちから集めてきて食べられるように頑張ってみようかと。


 頑張る気になったのは、精霊の存在。本によれば、その土地の土や水の精霊と仲良くなって、育てればいい野菜が取れたり、みたことのないような花が咲くことがあるらしい。


 遺伝子組み換えや品種改良の知識はないけど行けそうじゃないか?


 ちょっとだけこっちの世界の食卓を豊かにしたい所存。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る