第20話 精霊たち

 整えられた室内と三人の存在に、俺の手にある撤去のための工具がなんか浮きまくってる気がする。


 リシュが駆けてきて俺の足に寄り添う。よし、よし、番犬してるな。


「突然すまないが、そなたに頼みがある」

「うん?」

ルゥーディルを見ながら、そっと自然な動作で工具を置く。意識してる時点でぎこちなかったかもしれないけど。


「面倒かけてすまないけど、ここに逃げ込んできた精霊に名前をつけてやってはくれないかしらねぇ」

パルがちょっと困ったような顔をして言う。


「君のお姉さん、魔法をたっくさん使ってるの。でもその使い方がすっごく乱暴、精霊のこと見えないから仕方ないのかもしれないけど」

ミシュトが姉の話をする。


「凝り性で飽き性ですからね。最低一年くらいは無茶をすると思います」

テレビ番組とか俳優とか水槽とか、姉が凝って金を使い時間を使い俺を使って、最終的に放り投げた趣味を思い出す。


今回は姉自身の能力なので放り出す事はしないだろうけど、新しい玩具を使い倒してるのだろう。


「細かいのが力を使い尽くして随分消えたねぇ。ナミナが諌めてはいるらしいけど、あれもお調子者で、自分に力がつくものだから……」

ナミナって誰かと思ったけど、文脈からしてあの光の玉のことか。


自分に力がつくから積極的に止めないんだな? あの玉、やっぱり好かない。


「ナミナに力が戻ったら、君のお姉さんに精霊が見えるようになっちゃう。ちょっと覗いてみたけど、そうなったら精霊にも片っ端からぜ〜んぶ【支配】かけそうで心配なの」

ミシュトが大きな目をうるうるとさせる。


「そなたがアレに関わりたくないのは知っているが、精霊が騒がしくてたまらぬ」

ルゥーディルはうるさいの嫌いそうだもんな。司ってるものに静寂あるし。


「私たちはこの庭を保つために時々様子を見てるんだけどね。ちょっとこの状況が続くとさすがに影響がでてきてしまうねぇ」

パルが外を見る。


「ジンはちょっとここの精霊を見たほうがいいと思うの」

ミシュトに言われて、精霊を見る。


 ――見る。


「うわっ! こわっ!!」

ガラスというガラスにおびただしい精霊がぎゅうぎゅうにくっついてるんですけど! 


「気づいていなかったのか……」

ルゥーディルが目をそらして呟いてる。


 すみません、まるっと見てませんでした。こんな中で生活してたのか……。ルゥーディルじゃなくても嫌だなこれ。うん、見えなくて正解だ。


 姉についている【支配】は、使わなくてもそばにいるものに影響を与える。精霊はそれを知っているので【解放】を持つ俺のところに逃げてきているのだという。


 【解放】は【支配】と同じく、そばにいるだけで効果が及ぶ。


 指名されて【支配】を受けたならともかく、認識されていないならまだ逃げられる。逃げられるうちに、使い潰されて消える前に。【支配】の痕跡を消すために【解放】を持つ者のそばに。


 なるべく俺のそばに寄ろうとしている結果がこれらしい。俺が魔法を使うきょかした時しか家に入れないから。


「名前をつけてやれば、他の【支配】は受けないからね。元のように自由に散ってゆくよ」

俺のどうしようという顔を見て、パルが深く頷きながら教えてくれる。


「その者より魔力が強いか、精霊との縁が強ければだが」

「先に縁をつくっちゃえば、精霊は君を選ぶと思う。魔力の強さはルゥーディルがついてるしね」

問題点を教えてくれるルゥーディルと楽天的なミシュト。


「あれが気づかない間にどれだけの名付けができるかで決まるかねぇ」

パルが改めてやるべきことを告げる。


 元に戻ったと言えなくもないが、なんでそうなるか経過がわかったほうがやる気が出る。それに名付けはどうやら俺の快適ライフにとっても大切なことっぽい。ちょっとさすがにこの精霊の量では、植物その他、影響を受けない方がおかしい。


「俺は名付けのセンス、かけらもないんですが」

この量に名前つけるの? 無理じゃないか?


「番号でもなんでもよい。ここに来ているものも【解放】目当てだ」

ルゥーディルが言う。


「お互い気に入ったら名付け直せばいいと思う。名付けた人なら上書きは簡単だから」

にこにことミシュト。


「そっちの方が精霊にとっても都合がいいね。お互い思い入れのない名ならば、精霊が誰かを好いた時、思いが強ければ好いた者から名をもらうこともできるのさ」

パルも言う。


 なんか矛盾してる気がするけど、気に入った人、俺、姉の順になればいいってことだな?


「名前を付けた精霊はそなたに力を貸す。良き精霊を見つけたならば個の名前を付けてやるがよいだろう」

補足するルゥーディル。


 よし、番号決定。


「は〜い、はい。ジンが名前くれるよ、一列に並んでね」

「並ばぬと名付けはない」

ミシュトが群がってきそうな精霊に声をかけてくれたが、気ままな精霊は並んだのは半分くらい。あとは自由なままだったのをルゥーディルが並ばせる。


 並ばせている間に紙に番号を羅列する。葡萄棚に出る場所に机と椅子、紅茶を用意して準備完了。窓を開けて名付けを始める。


「赤の一」

「緑の一」

「黄の一」

「赤の二」

「青の一」


 数字だけだと凄い単位に行ってしまいそうだし、精霊の色プラス番号だ。名前をつけると、庭に留まるもの、自由を得たとばかりにどこかへ飛んでいくもの様々。精霊に予防接種してる気分になるなこれ。


 同じ作業を数時間、最初俺の足元で頑張って目配りしてたリシュも疲れてヘタっと寝ている。


 いつの間にかカダルとイシュが増えてた。


「うう、ちょっと休憩。アッシュの様子見てくる」

ここにいると早く名付けろという精霊の圧がひどいので脱走することにした。俺の快適ライフのためだけど、さすがにキツイ。


「ご苦労じゃの」

カダルの声を背に、借家に転移。


「アッシュって?」

「精霊から解放して、倒れたのを預かってる」

暇をしていたらしいミシュトがついてきた。


 相変わらず微動だにせず丸太のようにまっすぐ寝ている。疲れないのかこれ? こっちに気づいた小鳥が飛んできた。ふくふくに癒される俺。


「あら、乙女のピンチ」

「手を出すつもりはさらさらないぞ」

ミシュトにはちゃんと女性に見えるようだ。どこで判断してるんだろう?


「違うの〜。ん、これでトイレは起きるまで大丈夫」

そっちのピンチか! 


「すまん、考えてなかった。ありがとう」

危ない、すごく危ないとこだった。


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