第488話 焼肉パーティー

「……」

薔薇棚の下、キールが運んで来たのだろう追加されたテーブルと椅子。


 足を組み、アンニュイな顔をして座るソレイユ。テーブルの真ん真ん中に鎮座するハンカチの上に置かれた、浮き彫りをほどこされた黒いドラゴンの外殻。


「そこ、火台置きたいんだけど」

真ん中邪魔なんですが。


「ううう。この芸術品を雑、雑に……」

泣きそうになりながら、浮き彫りを持ち上げて抱きしめるソレイユ。


「それ、ドラゴンの外殻だから、よほど変なことしない限り傷つかないぞ」

地の民の皆さんも、精霊鉄の工具を使ってなお、彫るの大変だったらしい。落としても平気だった。


「ドラゴン……ドラゴン……!」

「抱いててもいいけど、焼肉の匂いつくぞ」

ソレイユが復活してるって思ったけど、ダメな感じです。


「ドラゴン……、ドラゴン……。ドラゴンの外殻……? いやそんな? ドラゴンの素材はそう簡単にあっていいものじゃ……。でも今日広場に――」

オルランド君にソレイユが感染った!?


 お爺ちゃんの隣で、頭を抱えてぶつぶつ言い始めたオルランド君。オルランド君に同情したような、呆れたような微妙な顔を向けるお爺ちゃん。


「さ、火台をこちらへ。設置いたしますので」

チャールズが甘い笑顔を全開に手を伸ばしてくる。


 その笑顔で数々の令嬢をだまくらかしてたんだな? 今は料理に向けた顔だと思うと微妙だけど。


 チャールズによって、火台が2つのテーブルのそれぞれ真ん中に設置され、アウロが運んできた野菜の浅い木皿が並べられる。


 肉の皿、チシャの入った笊、タレの入った小皿。レモンのクシ切り。


 甘い物じゃなければ待てのできる男キールによって、取り皿やフォークが用意される。ファラミアが白いナプキンを綺麗に飾る。


「適当に網の上で肉と野菜を焼いて食って。肉にはこのタレをつけて食うんだけど、これは辛いやつ、これはさっぱりしたやつ、これはちょっと濃厚。好みでどうぞ」

簡単に説明して肉を網に乗せ始める俺。


 火台の炭は少ないところと多いところを作って、偏らせてある。炭が多くて火力が強いところに、じゅっと肉を置く。弱火の場所にはナスやらシイタケやら野菜を。


「なるほど……」

トングを手に取るお爺ちゃん。


「はっ! 老師、自分が!」

慌ててオルランド君がトングを手に、肉を焼き始める。


 マメだな従者。


「ソレイユ様、そちらは一時的にあのあたりに置き、眺めながらお食事なさるというのは……」

ファラミアがソレイユに話しかける。


 同意を得たのか、ファラミアが彫刻をハンカチごとそっと階段に移動して、ソレイユによく見えるよう慎重に設置する。


 マメだな侍女。


「この網のここからここは俺の領土だ! はみ出すんじゃない!」

「領土など……。もう焼けているだろう、さっさと腹に納めないのならば、私が頂こう」

涼しい顔でアウロが、キールの焼いていた肉を素早く攫う。


「あーっ!」

「キール殿、確かに焼けすぎですね」

キールがアウロに向けて叫んでいる隙に、さらにチャールズがキールの前から肉をすっと攫って行く。


 なんというか隙のないやりとりと、無駄に無駄のない動き。怒鳴っているキールはともかく、二人は優雅でさえある。


「よく焼いているだけだ! 貴様らこそ生だろう、それ!」

「焦げるまで焼くとは――。肉の味がわからぬのでは?」

「この肉の味はわかるだろうが!」


 アウロとキール、味がわかるわからないは、チェンジリング的ギャグだろうか。チェンジリングは、精霊の影響がない食材や料理はまったく味が感じられないらしいからね。


 この二人、執事っぽい揃いのスーツで白手袋した姿なんですよ……。会話の内容と、その攻防、女性が泣かない?


「確かにニイ様の用意された物は、どれも味がいたしますね。とても幸せですよ」

料理にとろけそうな笑顔を見せるチャールズ。肉に頬ずりしそうでちょっと怖い。やっぱり女性が泣くと思う。


「これは美味しい……」

「はい、老師。驚くほど美味しい」

お爺ちゃんとオルランド君はドラゴン肉を食べているみたい。


「トウモロコシも美味しいわ。下手なお菓子より甘い! 来年はこれを目玉に広げましょう」

ソレイユはトウモロコシにご機嫌で、復活した様子。


「こちらの麺も美味しいです」

ファラミアがいつもの無表情をほんの少し緩ませている。


 クラシックメイドの格好をした美人が、盛岡冷麺の丼抱えてフォークで食べている図なんだが、気に入ってくれたならいいことだ。


 盛岡冷麺はつるんとして冷えていて、抜群のコシと喉越し。牛骨ベースのあっさりとしたスープ、キムチの辛味。美味しくできたと思う。


「我が君の食べ方も美味しそうですね」

アウロが俺の方を見る。


 俺はチシャに、ちょっと辛いタレにつけたドラゴン肉を載せて巻いて食べている。トウバンジャンとかコチジャンとか作りたいなこれ。


「ああ、このお肉もすこぶる美味しいわ。こっちのは牛でしょう? これは何の肉? どこの部位なのかしら?」

ソレイユがニコニコしながら聞いてくる。


「ああ」

目を階段に置かれた彫り物に向ける俺。


「え……。まさか……?」

動きを止めたソレイユ。


 大丈夫です、喋らないドラゴンです。セーフでお願いします。

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