第489話 仕事の話
「……トウモロコシ、このトウモロコシはいいと思うのよ」
ソレイユの目が階段に鎮座する彫刻から逸らされ、目の前の網に載るトウモロコシに据えられる。
ちなみに俺の『家』産。島の畑でも作ってるけど、少量だからソレイユが食べたかどうかは知らない。
「固い皮の実のものか、列に隙間があるものしかなかったけれど、トウモロコシだと言われればそうかと思うもの。きっとすぐに受け入れられるわ、トマトの次に、このトウモロコシを」
商売の話を始めるソレイユ。
「あー。でもこれ、収穫してすぐ茹でて食う感じだぞ?」
醤油があれば焼きトウモロコシもいいかもだが。
干して保存するんなら、固い皮のトウモロコシのほうが向いてる。あれは粉にして主食にしてる地域も多い。主食にするなら、ここまでの甘さは返って邪魔な気がする。
「やはりここは保存のきく野菜を先に広めるべきでは? サツマイモを推させていただこう」
サツマイモ推しのお爺ちゃん。
「茹でたてのトウモロコシ、焼き芋、レタス、蕎麦……。この島はオレンジさえも至上の味。僕は全てを万人に知らしめたいけれど、同時に全てを独占したい……」
チャールズ、怪しい人。
「オレも味を楽しむための野菜より、飢えを凌ぐために保存のきく野菜がいいと思う」
島の畑で、いろんな種類の野菜をちょっとずつ作って、広めたいやつを年に2種類くらい選んで、外に持ち出すことにした。
広める方法は、ジャガイモの時のように種芋とか苗を販売したり、トマトのように大規模に作ったりで、決まってないけど。
天候不順やら何やらで、すぐ食べ物が足りなくなる世の中。まずは保存がきいて腹を満たせるものから広めたい。
作る土地が決まってるなら、トマトみたいに環境に合うやつ選ぶけど。
なお、畑で採れたものは決められた量を島の飲食店に卸して、残りを城で食べていいことにしている。あと、畑で働いている普通の人にも一定量を分けてるかんじ。
収穫量もデキもこれでもかというほどいい野菜。忙しいはずのキールとかアウロとかチャールズとかマールゥとか宿屋の親父とか、手伝いまくってるみたいだし、精霊も気に入ってたくさん来てるし。
多分、ここの野菜や果樹の苗を売っても、育てるところが違えばこの美味しさは再現ができない。これよりいい野菜ができるのは、俺の『家』くらいじゃないかな?
まあ、他で育てた野菜もちゃんとトマトはトマトの味がしてるし、問題はない。最近、最新の料理とかでナルアディードのレストランでトマト料理が少し出されるようになった。商人の街に近いっていうのは、何かを世の中に広めるためにはとてもいい。
「そうね。果物もそうだけど、トウモロコシなどの嗜好品は、まずこの島で観光客や訪れる商人に食べさせて、少量を高く売るところからね」
ソレイユが前言を撤回して頷く。
トウモロコシ、嗜好品か。一般家庭では砂糖もそうは使えないから、そうなるか。その辺の果物より甘いしね。
「ああ、それと報告。商館を買い取ったわ。私が元いた商会の建物だけど、
ボンクラ息子が後を継いだとかいう商会が使ってた商館か。きれいにしたのはそのボンクラもだろうな……。
「島は何事もなしね、相変わらず商業と海運の両ギルド長が移住申請を出して来て面倒くさいくらい」
「一期も二期も断っているというのに、
キールが不満そうに言う。
「精霊灯の依頼は一時的に止めています。もう七年先まで予約で埋まりましたので」
ソレイユの報告を継ぐようにお爺ちゃん。
「高いのにすごいな?」
一月に一個しかできない設定にしていて本当によかった、頭いい。考えたのがキールだというのが微妙に信じられないような、信じられるような。
「他には『精霊の枝』で、満月の晩だけ、夜に庭を解放して精霊たちの演奏を聞いていただいております」
「演奏」
「演奏」
お爺ちゃんの話の中で引っかかった言葉を口にしたら、念を押すように繰り返された。
「少々騒がしい選曲ですが、なかなかよい楽の音です。謁見の間に流れる曲の方が私は好きですが」
笑顔で言うアウロ。
謁見の間という名のパーティー会場にある精霊の石には、カルミナ・ブラーナの「おお運命の女神よ」を覚えてもらった。無駄に壮大。
「人気だな、マールゥが気に入っている」
肉をひっくり返すキール。
あのサボテンハニワ、好き放題やってるな?
「それにしても、ドラゴンの肉がこんなに美味いとは……」
チャールズのうっとりした一言。
あ。
「ドラゴン……っ」
その場に崩れ落ち、机につっぷすソレイユ。
ソレイユが崩れる前に、ソレイユの前から皿やらフォークやらを素早く撤収するファラミア。
せっかく現実逃避で仕事の話してたのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます