第490話 あの肉

 ソレイユがばったりしてしまったので、解散。なんかオルランドくんも密かにダメだったっぽい。


 倒れたソレイユはキールが……。いや、戸板を持った警備さんが四人現れ、ファラミアが手際良く乗せた。


「御前、失礼いたします」

戸板の前で一礼して、ソレイユを乗せた戸板に付き添って居館に帰るファラミア。


「ま、待て」

ばたばたと目の前の皿を重ね、トングやフォークをまとめるキール。そしてファラミアの後を追う。

 

 キール、もっとがんばれキール。でも、後片付けしてくのちょっと好感度高いぞ。ところで、ソレイユを載せるためにファラミアが戸板常備させてるわけじゃないよね? 担架作った方がいい?


「警備にオル……。不要のようですね」

アウロが言いかけてやめる。


 警備を呼ぶ前に、俺が座布団に迎えに来てもらって、オルランドくんを載せてしまった。座布団と風の精霊に魔力をちょっと譲渡。


 オルランドくんを載せて、さらにちょっと浮き上がって挨拶するように一回転する座布団。オルランドくん、うつ伏せで腹の下に座布団だから手足がだらんとしてて、回られるとまといみたいだな。


 腹が支点じゃぐえってしそうな気もするけど、まあ、面だし……。仰向けじゃ安定悪そうだし、諦めて欲しい。


「うー……」

オルランドくんのうめきに、はっとした感じで動きがゆっくり小さくなる座布団。


 大丈夫、一回転くらいじゃ酔わない――と、思う。多分、揺れて目を覚ましかけただけだ。


「もしや、ここに精霊が……?」

お爺ちゃんが浮いたオルランドくんをじっと見つめる。


「ああ、そういえばこれ」

魔法陣をあげようと思ってたんだ。


「なんですかな?」

「一時的に精霊が見えるようになる魔法陣」

「おお!?」

驚くお爺ちゃん。


 お爺ちゃんが昔いた神殿の、自分に憑いてる精霊を見るための魔法陣を参考に精霊図書館で調べて作ったんですよ。


「ここから魔力を通せばいいようになってるから。落ち着いたら使って」

これでハニワと精霊の演奏会でも見てください。


「そうですな、せっかくですので『精霊の枝』で使わせていただきます」

魔法陣を片手で胸に抱くように一礼し、オルランドくんを載せた座布団と帰ってゆくお爺ちゃんを見送る。


「こちらは洗って倉庫の棚に返却しておきます。片付けはお任せいただいて、おやすみを」

アウロがテーブルを見る。


 肉も野菜もきれいになくなり、キールがまとめた食器と炭の燻る火台、ファラミアが出したナプキンが残る。話の間も静かに肉やら野菜やらの争いを繰り広げてたしな。


「僕も手伝いますので」

にっこり笑って、皿を運び出すチャールズ。


「ああ、頼む」

チェンジリングの腹って、どのくらい入るんだろうって思いながら『転移』。


 『家』に着くと、リシュが笑顔で走ってくる、犬の笑顔ってわかるよね。で、足元までくると笑顔一転、真面目な顔で匂いを嗅ぎ始める。焼肉もしたし、いろんな匂いが混じっているはず。


 満足したらしいリシュが顔をあげて俺を見る。それを合図にこしょこしょと撫でてじゃれる。引っ張りっこしたり追いかけっこしたり、最後はブラッシング。


 コーヒーを淹れて、ずっと精霊ノートに任せていた名付けを久しぶりに。明日は魔の森の奥で、黒精霊の名付けもしようか、でも黒山ちゃんが度量が大きくって黒精霊も眷属にしてたせいで、バランスがなぁ。


 黒山が本体で、木々のてっぺんまでは黒山ちゃんの胎内と言っても言い過ぎじゃない。その中にあるものは全部黒山ちゃんのものだ。全部内包してる。あんまり嫌なやつはポイされるみたいだけど。


 もう少し普通の精霊の名付けをしてから再開かな。よし、明日はメールの地よりも東に行ってみよう。ん、メール?


 あ。小麦の話をソレイユにするのを忘れてた。俺の領地になった場所は、トマトのおかげで雨の少ない今年もなんとかなったようなことを言ってたけど、他はまだ旱魃の影響を大きく受けてるはず。


 メールからもらった大量の小麦、俺の島で不作になることはほぼないし、今流した方がいいだろう。せっかくなんで自分で食べる分もちょっと残すけど。


 と、言うわけで連日島です。


「最高級のメール小麦……」

ちょっとお疲れ気味な雰囲気だけど、ドラゴンの肉のせいかツヤツヤしっとりしてるソレイユが、執務室の机で見本に出した小麦を見ている。


 机の天板にはガラスが載せられ、傷をつけない配慮がされている。地の民の机、触れないって叫んだ後しばらくしたら今度はほっぺたを天板につけて離れなくなってたらしいからな。引き出しを開けるのもおっかなびっくりだし、1日の最後には柔らかな布できれいにぬぐってるらしい。


 居館には俺の執務室もあって、そこにも地の民作の机が鎮座している。両袖に引き出しがついた立派なやつだ。ただ使う予定がない。


 どうせ使わないんで半地下の部屋にしてもらった。ソレイユの執務室の真下で、間に一部屋、いつの間にかソレイユの執務室の隣の資料室兼ファラミアの控室から階段がついてた。一階になるのかな? 間の一部屋はとても狭いというか、天井が低いんだけど、ソレイユの執務室の話を聞いたりできる隠し部屋らしい。


 俺の部屋はあれです、上の方に横に細長い窓があるけど、北向きだし暗めの部屋。隠し部屋の高さがない分、天井が高いしね。あれだ、地の民に依頼したランプシェード、執務室につけよう。悪の親玉風の部屋にこう――


「このメール小麦は高く売って、代わりに普通の小麦を仕入れて食料難に陥ってる場所に回すわ。メール小麦は、ナルアディードに停泊中の船の中に出してもらえるかしら?」

考えに沈んでいたら、売る先とその後の算段がついたのかソレイユが言う。


「わかった」

塔の倉庫に入りきらない量だしね。


「あと」

「うん」

ソレイユの次の言葉を待つ。


「体が軽いのよ! 私も含めて、体重がありえないくらい減ったんだけど!?」

ソレイユが叫ぶ。


「ああ。ドラゴンって風の精霊と不可分みたいだし」

あの黒いのは飛ばないみたいだったから、効果は微妙だろう。


「体重が減ったというより、心持ち浮いてるのかも? 後は丈夫になってるとか、体力がついてるとか? 効果はそのうち切れると思うけど」

よくわからないけど、たぶん。


「ううう。あの肉、あの肉で一体どれくらいの船が買えたのか……」

苦悩するソレイユ。


 もう消化されたと思います、諦めて。

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