第175話 告白

「アッシュはどうしたい?」

肝心なことを聞く。


「公爵家の者として王家の命には従い、出頭する」

「アッシュ、公爵家から放逐されてたよな?」

「む……」

眉間にしわを寄せて怖い顔で黙り込むアッシュ。


 出会ったとき、公爵家の者ではなくなったからと、回復薬を使わず大怪我をしたままだった。


「ジーンが聞いてるのは、責務じゃなくってアッシュがしたいこと、ってことだろ? 育ちからして難しいのかもしれねぇけど、今何をしてもいいって言われたら何をしたい?」

ディノッソからの助け舟。


 そういう風に育てられたのか、単に性格なのか、やるべきことを淡々とやる感じで、自己主張が少ないんだよな、表情も乏しいし。甘いものを食べるとご機嫌なのはわかるんだけど。


「自分がしたいこと……」

「うん、アッシュのしたいこと。叶えてやりたいけど、それがわからないと動けない」


「ジーンのお菓子を食べたい」

「うん」

「ジーンの料理を食べたい」

「うん」

「ジーンの髪に触りたい」

「うん?」

「ジーンの鎖骨を見たい」

「……うん?」

「ジーンの胸を触りたい」

「えっ?」

「ジーンの服を――」

「わー! わー!」

真顔で何を言い出すんだ! 


「お嬢様……。騎士の宿舎ではございませんので……」

やんわり諌める執事。


「む。周囲は大体このような感じだったのだが、特殊か?」

「見本には不適当でございます」

「本当に男所帯の中に居たんだな」

少し同情のこもった眼差しをアッシュに向けるディノッソ、そして俺を見て噴き出す。後で覚えてろよ!?


「言い直そう、ジーンのそばにいたい」


 俺はもしかして熱烈な告白をされたんだろうか? 過去何回かの経験のせいで、本当に告白されても信じられないだろうと漠然と思っていたんだけれども。


「菓子と料理は保証する、髪も時々触ってもらって構わない。鎖骨はまあ、これから暑くなるから――」

他は未婚の男女ではちょっと問題がですね……。あと苺ショート出したときみたいな顔されてるので凄く続きが言いづらい。


「俺はやりたいことをできるのが楽しくて、自由にできる今を捨てられない。正直、俺の中で恋愛よりもはるかに重要なんだ。でも、態度をはっきりさせないのにとても卑怯だと思うけど、でも」


「アッシュにここにいて欲しい」

「うむ。出頭したのち、父の顔を見て帰ってくる」


 ん?


「ん? 帰ってこれるのか?」

俺より先にディノッソが聞く。


「おかしくなっていた貴族のほか、トルム王国に通じた貴族が少なくない数いて、とても民には隠しておけず、事件を公けにした。直前で防げたこともあり、国が都合の良いように脚色した形でだが。特に義弟と父、私のことは義弟を落とし私を持ち上げる形で美談になっているらしいのでな、利用させてもらう。それに今の王国に私を物理的に止められる者は少ない」


 何をしていいかわからないけど、とりあえず全力で助ける方向でいたら、すでに算段がついていた件。


「えーと、俺に手助けできることは?」

「ジーンは国に知られたら、私よりよほど危険だろう?」


 うっ!


「ジーン様、お嬢様と婚約なされませんか?」

「何?」

はい? 執事はいきなり何を言い出すのか。


「神殿や『精霊の枝』で誓う正式なものではなく、貴族間にある利害関係が解消されれば婚約も解消される書類上の婚約でございます。それがあれば、だまし討ちのようなお嬢様と王族との婚姻などは阻止できるかと」

「確かにそれがあれば色々やりやすいが――ジーンは貴族ではないのだ、それは気持ちが悪いだろう」

執事の提案をアッシュが否定する。


「お嬢様を国のものにするには王族との婚姻が確実かと。身分的にも問題はございません。婚姻は王族や高位貴族の責務、そこに個人の好みも意思もございません。実際、家から離縁されるまで、お嬢様の婚約者は第二王子殿下でございました」


 失礼しました、アッシュと色々結びつかなかった。具体的に言われてようやくピンときた。


「まあ、本当に婚約の書類を整えずともよろしいのですが、見せるために婚約の装身具はほしゅうございます。その贈り主として名をお貸しください」


 婚約の装身具は、いわゆる婚約指輪的なもの。こちらでは婚約や婚姻がダメになった場合、売れば女性が最低三ヶ月生活してゆける貴金属を贈る習慣がある。女性が商家の主人とかだと、逆に女性が男性に贈る場合もあるけど。


 貧富の差や、身分の差が激しいこの世界らしい習慣なのかな? 貴族の婚約時に贈る装身具は指輪が多く、使う宝石は魔石が必須。ただアッシュは剣を握るので、石の大きな指輪とかは邪魔になるので、指輪以外がいいかもしれない。なお、こっちでも結婚の場合は指輪を交わす。

 

「ノート、無理強いするものではない」

「実際は名を出すことはなく、思い人で教えられないと答えればよろしいかと。――お嬢様がリード殿にこちらに戻ると伝えたときの口上は、『守ると誓いを立てた人がいる』でございます。それを聞いてリード殿も、脱出には手を貸すとお約束してくださいました」


 途中からアッシュに聞こえないよう小声でささやく。声に方向性を持たせる能力でもあるのか、不思議なことに執事が顔を向けた側の人間にしか聞こえないのだ。 


おとこらしい」

隣のディノッソが感心半分、困惑半分くらいでつぶやく。


 こう、俺の出番がない!


「わかった。名前を貸すだけじゃなく、装身具は俺が用意しよう。どんなのがいい?」

アッシュは嘘が苦手だし、俺が本当に贈ったほうがいいだろう。


「ジーン、意に沿わないことはせずともいい」

「いや、俺も何か助けたい」

執事の圧に押されたわけではなく。


「……腕輪で。戻ったらすぐに返却する」

アッシュにそう言われると、ちょっと残念な気もしないでもない。あとディノッソはニヤニヤしない!


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