第174話 眼

 とりあえずアッシュたちに詳しく――話せるところまで話を聞こうということになり移動。


 場所は俺の家の二階、ディノッソがそのまま家を通り抜けて、アッシュたちを呼びにいく。


 とりあえず暖炉に火を入れて、お茶用に湯を沸かし始める俺。用意した皿もカップも真っ白、最近磁器を作ってもらうことに成功したのだ。


 白いシンプルな皿にヨーグルトケーキに苺のムースをスプーンで大きく掬って添える。生の苺も――外が騒がしい。


 下に降りてゆくと扉の前で言い争ってる気配。執事とディノッソの声にリードの声が混ざる。


「僕はリリス殿に頼まれている。近所とはいえ素性のわからない者と会うのであれば立ち会いたい、そう申し上げている」


 うわ、クリスが言っていた弟くんの面倒臭さが炸裂している気配がする。


「危険な方ではございませんし、国とも関わりはございません。素性が申し上げられないのは冒険者だからでございます」

「弟よ、私も親しくしている方だよ」

クリスがなだめている。


「せめて一度お会いして顔を拝見したい」


 護衛としてはとても正しいんだろうけど、まず護衛なのか? そしてディノッソと執事コンビより強いのかと問いただしたくもある。


 でも、依頼人からしたら安心か。


「こんな顔だ」

家の前で押し問答されていてもなんなので顔を出す。一階を片付けておいてよかった、人用の扉を開けても階段しかみえないけど。


「君はルタの――なるほど、ルタの飼い主ならば間違いがない。失礼した」

あっさり引くリード。


 家に戻ってゆく後ろ姿を眺めてみんな無言。クリスがリードについてゆきながら、こちらを見て片手拝みに謝っている。


 ルタへの信頼なんでそんなに高いの? ルタは可愛いけど、はたから見たら暴れ馬だぞ?


「会ったことがおありですか?」

「ああ。今朝、ルタの様子を見に行って鉢合わせた」


 二階に上がって、盛り付けたヨーグルトケーキをそれぞれに出す。執事がさっさとコーヒーの準備を始めている。


「助かった。あいつ、なかなか頑固だな」

「物腰は柔こうございますのに」

「うむ、だが誰かとの約束を守るときだけのようだ。リリスによくよく頼まれたのだろう」


 リリスは赤毛のあの女性だな。


「久しぶりにジーンの菓子だ。食べながらで良いだろうか?」

「どうぞ」

執事がコーヒーをサーブして、とりあえずケーキを一口。


 うん、いいかんじだな。


「甘くしたいなら、これかけて」

苺ソースをアッシュの前に置く。俺にちょうどいいってことはアッシュにはちょっと甘さが足らないはず。


「ありがとう。美味しい」

幸せそうに食べるアッシュ。


「ふんわり滑らかで――冷えておりますな」

「ああ。美味いがどうやって作ったかは聞かない方がいい部類だなこれ」

男どもには今後常温の牛乳かんでも出しておこう。


「私はアズに頼んでリリスとやりとりをしていた」

「うん?」

アズは強い精霊ではないが、鳥だけあって移動は速くて得意だ。


 商業ギルドや冒険者ギルドも精霊を使ってやりとりをしているため、人や物の移動はゆっくりだが情報の移動だけはそれなりに速い。


「私が国を出てしばらく、徐々に国がおかしくなった。リリスがそのようなことを書き送ってきたわけではないのだが、私からすれば違和感だらけで、それがだんだんひどくなってきた」

「うん」

カヌムここでもあったろう? 私は私が放逐され、父が病に倒れたのはそのためなのではないかと考えた。あの国で魔法陣なしに精霊が見えるのは私と父だけだったから」

精霊を使って何かされてると考えたのか。ディーンの妹は無自覚だったが、こっちは計画的犯行だな。


「トルム王国というのがある。小国を挟んで国力は私の国より少し上、中原の戦乱に乗じて周辺の小国を併合している。やり方は国が疲弊したときに援助を行い、国民に王家を見限らせる。戦に関わっていない国も物資が入り難く、貧しい国が多い。小国が立ち行かなくなることは珍しくないのでおかしいとも思わなかったが、どうやら違ったようだ」


「その辺りは私の方でも裏を取りました。周辺国を落としつつ、随分前から狙っていたようです」

執事が口を挟み、一礼する。


 小国って俺が領主になれるくらいだから、町どころか村規模のものがたくさんある。そっちを適当に落としつつ、そこそこ大きなアッシュの国を落とすための準備をしていたってことかな?


「影響が解けるようなことは避ける暗示も同時にかけている可能性が高かったので、アズに聖水を持たせてリリスに掛けてもらった。結果は予想通りで、あとはリリスが動いて秘密裏に少しずつ高位貴族を正気に戻していった」


 ケーキに苺ソースを追加するアッシュ。白いミルクピッチャーから粘度のある赤い液体がゆっくり流れ落ちる。


「義弟を名乗っていた者が拘束され、父が助け出された。やはり毒を飼われていたそうだ、まだ起きられないようだが回復する」


 なんか古風な印象をうける言い方だが、飼うというのは毒や薬などを飲ませたり盛ることだ。


「それは良かったな」 

どういった毒が使われたのか知らないが、回復薬がある世界だ。後遺症もないに違いない、たぶんだけど。


「リリスからの手紙だけでなく、王家からの帰還命令も届いた。おそらく王家はこの眼が欲しいのだろう」


 いつも視線を合わせて話すのに、今は広がるソースを見つめている。最後の赤い雫がぽたりと垂れる。

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